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前ページ次ページゼロの女帝 翌朝 アルビオンに出立する一行は、朝霧の中準備を整えていた。 「静かにしてね、シルフィード」「きゅい」 「保存食に、旅費に着替えに」 「ああ、ヴェルダンデ、なんて可愛いんだ僕の愛しいヴェルダンデ。 一緒にいこうね、君にとても珍しいものを見せてあげよう。 なんと浮かぶ大地なんだよ」 などとやっている一行の前に、一匹のグリフォンが舞い降りる。 「やあ、愛しいルイズ。久しぶりだね」 「貴方は・・・・・・・ワルド?」 キュピーン! キュルケの「いい男センサー」が発動する。 「アレは・・・・・・トリオステインの『ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド』ね。 爵位は子爵、トリステイン王国に3つある魔法衛士隊の1つ「グリフォン隊」の隊長にまで栄達し、マザリーニ枢機卿の 覚えもめでたい将来有望な殿方と聞くわ」 「えらく詳しいね」 「ゲルマニアは勿論トリステイン、ガリアロマリアまでいい男を漏れなく記した 『ハルケギニアナイスガイ辞典』から引用よ。 タバサ、貴方の国の男も載ってるわ。 例えば(パラパラ)コレね、『バッソ・カステルモール』 爵位は男爵。 かなりレベルの高い特殊な系統魔法を使いこなしオルレアン公にいまだ忠義を尽くす男」 「おいおい、それバレたらまずいんじゃないのかい」 「大丈夫。これがバレたら確かにこのカステルモールさん処刑だけど『いい男に不利益を与えない』 それがこの本を出版している『ハルケギニア淑女同盟』の心意気よ!」 「ちなみにボクはどう書いてあるんだい? 何で目をそらすのかな?」 「ワルド卿、なぜ貴方がここにいるのかしら?」 柔らかい目で、柔らかい口調で問いただす瀬戸。 そんな彼女にワルドは一通の書を差し出す。 「何々、『親愛なるルイズ。 勝手とは判っていますがこの作戦の成功度を上げるため、やはり本職の軍人を貴方達に同行させます。 聞けばワルド卿は貴方の婚約者なのだとか。 ならば情報の隠匿は勿論ですし信頼の置ける人物なのも間違い無いでしょう よく知らないけど そういう訳で、我が愛しき親友ルイズへ アンリエッタ』ふむふむ ?どうしたのセト」 「あの姫様・・・・・・・・こんな作戦は情報の秘匿が大事だってのに。 まあ彼女なりの努力ってことで。 この程度ならフォロー出来るし」 「それじゃあ出発しようか」 それを合言葉に出立する一行。 ちなみにワルドのグリフォンにルイズと瀬戸が、タバサのシルフィードにキュルケとギーシュが相乗りする、という状況だ。 「おや、どうしたんだい愛しいルイズ」 「いや、なんか忘れてるような気がするんです」 「忘れ物かい?」 「いえ、着替えにアレにコレに姫様からの手紙に身分証明のための水のルビー。 何も忘れてないはずなんですが・・・・・・何か忘れてるような・・・・・・」 「まあナンだ、アレだよ。 ここらで足洗ってカタギになるってのも悪くないかもね。 スケベじじぃのセクハラ我慢すればあの子達に仕送りできる位の給金貰えるし。 『拾った孤児達に仕送りしてるんです」とか言いながら嘘泣きの涙一滴たらしゃ もうちっと上げてくれっだろ」 「出るなり消されちまったり存在無視されたりした他所の俺に比べりゃマシだぁな。 この先ひょっとしたら出番あるかもしれねぇし」 駆けて行く彼女達を、窓からひっそり見つめるオールド・オスマンとマザリーニ枢機卿。 アンリエッタはお茶をすすりながら、その羽ばたきの音を聞いていた。 「あの娘ら大丈夫だろうか。 のうオスマン」 「大丈夫じゃよ枢機卿。 必ず使命を果たし、心身ともに一回りも二回りも成長して帰ってくるでしょうな」 「えらくかっておるな。 いってはナンだがたかが学生でしかないというのに」 「あの子らもだがそれ以上に、彼女を信頼しておるんじゃよ。 無限の可能性を秘めた、あの娘の傍に立つあの女性を」 「するとワシが同行させたワルド卿は無用だったか」 「・・・・・・・・・・・・無用程度ですめばよいのじゃが」 あの若き子爵の目の輝きに、言い知れぬ不安を感じるオスマンであった。 前ページ次ページゼロの女帝
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前ページ魔法少女リリカルルイズ ユーノはデルフリンガーを構えたまま、祭壇に向かう。 その目はルイズも見たこともないくらいに感情が濃く滲み出ていた。 その視線を受けてもなお平静を保つワルドもまた、抜いた杖を手に出口に向かう。 「なんで……」 ワルドはユーノとの距離を一歩ずつ詰めていく。 そのたびにルイズもまた、ユーノの側に行こうと後ずさった。 「なんでルイズを裏切ったんですか!ルイズを守るんじゃなかったんですか!」 「そんなことも言ったな。だが、嘘というわけでもない。僕の目的のためにルイズは必要だ。必ず守るよ」 「ルイズがそんなので納得すると思ってるんですか?」 たどり着くと、茶色いマントの小さな背中がルイズをかばった。 それを見たワルドは杖を構え、切っ先をユーノに向ける。 「納得できないかね?それでも私に任せた方がいい。君ではルイズを守ることはできない」 「ここまで来た彼には十分守れると思うが」 ワルドの肩口にブレイドかけた杖が置かれた。 「正直どういうことかよく分からなくてね。花嫁をめぐる諍い、とでも思ったのだがそういうわけでもなさそうだ。子爵、その少年に向ける杖を納めてもらおう」 その魔法の刃をワルドの首に向けるのは、アルビオン王国の皇太子ウェールズ。 「そして目的というのを教えてもらおう」 「いいだろう」 ちらりと後ろを伺うワルドは杖を下ろし、秘めていた目的を語り始めた。 「目的は三つ。一つはルイズ、君を手に入れることだ」 「私はあなたになんか着いていかないわ!」 ユーノの肩に手を当てるルイズは迷いなく答える。 「彼と共になら行くかね」 「えあっ!?」 その時顔に一瞬だけさした朱は、次のワルドの言葉ですぐに流された。 「二つめはアンリエッタの手紙だ」 ルイズはもう一方の手でポケットを中の手紙ごと握る。 「貴様、レコン・キスタか」 全てを察したウェールズが杖を強く握りしめた。 その杖はワルドの首筋に当てられ、わずかでも動けば彼の命を奪うだろう。 既に彼には何もできない。 にもかかわらず顔色一つ変えないその姿は、ルイズの胸の中の不安を大きく育てていた。 「三つめは……」 何がこらえきれなくなったのか、ワルドは突然苦笑を浮かべた。 「ユーノ君、やはり君はルイズを守りきれないよ」 「まだ話しは終わってはいないぞ!言え、三つめの目的は何だ」 それを無視して、ワルドの視線が前後に走る。 ウェールズの杖は首筋に、ユーノのデルフリンガーは胸元に。 一本の剣と杖は確かに自らに向けられている。それがワルドの見たいことだった。 「例えば、こういうことだ」 閃光が2本、礼拝堂の中で輝いた。 一つの閃光はユーノの背中に。 自分の背中に走ったそれを感じたユーノは片手でルイズを突き飛ばす。 「きゃっ」 シールドは間に合わない。今、それを使う手はルイズをのけるために使ったからだ。 ならばガンダールヴのルーンの輝く手で持ったデルフリンガーを閃光に向けて振る。 だが、ルーンの力で獣のような早さを持っているにもかかわらず、それを上回る技でデルフリンガーは跳ね上げられ、再び走った閃光がユーノの胸を切り裂いた。 「ユーノ!」 ルイズの声がルーンの輝きをさらに増す。 胸の傷をものともせず振るわれたデルフリンガーが閃光──背後に新たに現れたワルド──を切り裂く。 直後、ユーノは両膝を床に着いた。 そしてもう一つの閃光はウェールズの肩を深々と切り裂く。 少年と王子は同時に倒れ、それを2人のワルドが見下ろしていた。 風の系統に遍在、という魔法がある。 一つ一つが別個に意志と力を持つ分身を作り出すこの魔法は、風の系統が最強と言われるゆえんでもある。 ラ・ロシェールでワルドがユーノと戦うと同時にルイズの手を引いていたのも、今また3人のワルドがここに存在するのもこの魔法のためだ。 流れる血は速やかに広がり、冷たい石畳をその色に染め上げていった。 「あ、あ、あ」 なにを言っているか、自分でもわからないルイズが見ているのは倒れているユーノだけ。 体が血で汚れるのも構わず、その体を抱き上げた。 「ユーノ、ユーノ、ユーノ!」 それを石畳よりなお冷たい目でワルドが見下ろす。 「ラ・ロシェールには居る前に使った飛行魔法を見ていたのでね。もしやと思い準備させてもらっていた」 あらかじめ礼拝堂内に遍在を隠しておいたのだ。 「だが、奇襲を相打ちに持ち込まれるとはな」 話術を持ってユーノとウェールズ、双方の注意を自身に向け、遍在から逸らし、奇襲をかける。 それは成功していた。 ウェールズが遍在を倒せず、一撃をただ受けるだけで終わってしまったことが証左である。 そこまでしてユーノを討ち取ったものの相打ちとなり、遍在を一つ消されてしまったことにワルドは内心舌を巻いていた。 「君は確かに優れた戦士だ。未だ荒削りながらもその剣技と魔法を持ってすれば勝てない相手はまずいないだろう」 足下に転がるウェールズの杖を蹴り飛ばし、ワルドはユーノとそれを抱くルイズに向け遍在を残して歩き出す。 「だが、戦いには向いていない。君は既に私の遍在を知っていたはずだ。だが、ルイズを助けようとするあまりそれを忘れた。それでは私には勝てない。ルイズを守りきれない」 ルイズを目前にワルドは足を止める。 突然に灯った光に目を焼かれたからではない。 その光の元がユーノだからであり、そのユーノが光の中で姿をフェレットに変えたからだ。 「ふ、ふははは。はははははははは」 考えてみれば単純だった事実、それに気づけなかった自分、気づけるはずもない現実。 そこからこみ上げた笑いをワルドは口元に当てた片手で握りつぶした。 「そうか、そういうことだったか。これは意外だ。ユーノとユーノ。そういうことだったか。その少年がルイズ、君の使い魔だったとはね」 絶対の優位を得て、ルイズを見下ろすワルドは落ち着き払い、そして優しげに聞いた。 「ルイズ、もう一度だ。僕と来るんだ。世界を手に入れるには君が必要だ」 万策尽きた……わけではない。レイジングハートがある。 だが、いまのルイズの心を占めるのは怯えと不安、そして恐れ。 それはルイズの心をかき乱し、自らの持つ最大の力を忘れさせていた。 「わかったわ。行くわ。だから、助けて。死んでしまうわ。お願い」 ユーノはフェレットの姿になると傷が早く治ると言っていた。 なのに、血を止めようと傷口に当てた手にはぬるりとしたものが耐える新しいものとして指の間だから零れていく。 それほどまでに傷が深い。 「それでいい」 まだ言葉だけだ。何が変わったわけでもない。 それでも、今まで押しつぶされていたようだった体がすこしだけ軽くなったように思えた。 「行こう、ルイズ」 返事はしない。喉につまったように出てこなかった。 ルイズはそれを真に望んでいたわけではないのだから。 「その前に、ユーノ君には死んでもらおう」 「え?」 立ち上がろうとした膝から力が脱ける。 足が砕け、思うように動かない。不安がよりいっそうの強さでルイズをその場につなぎ止めた。 「待って、助けてくれるって」 「助けるのは君だけだ。ユーノ君は別だ」 「でも、私が行けば良いんでしょ?ユーノは私の使い魔なのよ」 「ルイズ!」 既に心の挫けたルイズにはその言葉に逆らえない。 そうなった時に彼女を支えるべき1人は倒れ、もう1人は敵となっていた。 「小鳥を飼う時はどうするか知っているかい?逃げないように羽を切ってしまうんだよ。ユーノ君がここに来た時わかったよ。彼は君の翼だ。彼が傷を癒せば君は僕の元から逃げようとする。だから……」 それをするのが最善。 そう諭すように、彼は言った。 「翼は切ってしまおう」 「い、いや!」 「さあ」 そして、昔、小舟で泣いていた自分を迎えに来てくれた時のような微笑みさえ浮かべていた。 だけどそれは、とても、とても恐ろしいものにしかルイズには思えなかった。 (助けてあげる) それは声ではなかった。 念話と呼ばれる系統魔法にはない心で交わす言葉の魔法。 それで話されるルイズの知らない誰かの声が聞こえてきた。 (誰!?) 答えずに誰かの声はただ伝えるべき事のみを伝える。 (助けてあげる。その代わり、あなたの持つジュエルシードを一つ。私にちょうだい) (でも) 考えるべき事、考えなければならないこと。心のかき乱されルイズにはどうしたらいいかわからない。 ジュエルシードは大切。でも、ユーノの命はもっと大切。でも、ユーノはジュエルシードを集めている。それを本当に誰かに渡して良いのか。 その答えをすぐに出すことは、今のルイズにはただ普通に魔法を使う事よりも困難に思えた。 「put out.」 「え……?」 ルイズは何もしていない。 しかし、レイジングハートは独自の判断でスタンバイモードのまま限定された機能を使う。 その結果は、ルイズの目の前に青い宝石──レイジングハートに封印されていたはずのジュエルシード──という形で現れた。 突如現れた青い宝石を見ていたのはルイズだけではない。 それが突然であったが故にワルドもまた青い宝石に目を奪われた。 だからこそ、歴戦のメイジである彼もそれに対応しきることはできなかった。 「Photon lancer」 不意に天井が爆発を起こした。 稲光を纏い落下する天井の梁が狙いすまいしたようにワルドめがけて落ちてくる。 ワルドはそれに後ろに控えさせていた遍在をぶつけた。 「ちっ」 ブレイドで二分したものの、巨大な質量は止まらない。 ワルドの本体はそれを避けるためにも床に自らの体を投げ出し、ルイズから離れざるを得なかった。 梁に潰される遍在を見ながら三転、世界が回る。 立ち上がったワルドは、舞い散る埃の中に、ルイズの前に立つ新たな一つの人影を見つけた。 土煙のベールは退く。その向こうの人影は、長い金髪を二つに結び、黒い杖を持つ、黒い衣装のメイジだった。 「何者だ」 黒いメイジの少女は奇妙な装飾を施した杖を振った。 ルイズの目の前に浮かんでいた青い宝石は、瞬きの内に装飾の一部を成す金の宝玉の中に消える。 それからやっと、少女は答えた。 「フェイト」 「なら、そのフェイトは何をしにここに来たのかな」 フェイトはワルドの視線からルイズを守るように立ちはだかり、杖を真横に構える。 「彼女を、ルイズを助けに来た」 「できると思っているのかね」 「……」 フェイトを見据えるのは計3人分のワルドの視線。 無論、そのうち2人は魔法で作られた遍在だ。 落ちる梁を避けるために、未だ隠れていた2人も姿を現さざるを得なかったのだ。 「4人の私と戦って、たった1人で勝つつもりなのか?それとも、包囲を突破して逃げるつもりなのか?」 既にフェイトの退路は2人の遍在が断っている。 そして、この少女の実力がどうであれ4対1で閃光の名を持つスクウェアメイジにたった1人で、しかもルイズを守りながら戦って勝てる道理があるはずがない。 「切り札を出したのだ。どちらにせよ邪魔はさせない」 4人のワルドがそれぞれ違う形に杖を構える。 だが、共通するものがあった。それは必殺の殺気。 「あなたの切り札はあなただけの切り札じゃない」 なのに少女はいささかの怯えを見せることなく、杖をかちゃりと鳴らした。 「バルディッシュ。ユピキタス・デル・ウィンデ」 「yes, sir.ubiquity of wind.get set.」 前ページ魔法少女リリカルルイズ
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ルイズが召喚したのはよく分からない薄い箱だった。両手で掴むとしっくり来る程度のサイズで、ツルツルしているのにガラスのような硬度は無い不思議な感触。 コルベールが言うには天地が吹っ飛ぶほどの魔力が込められているらしく、呆然として契約してしまった後でオスマンまで一緒になって調べていた。 まあとにかく凄い使い魔だということで、相変わらず魔法は使えずともゼロだのなんだのとは言われなくなったのだが、学校のメイジ全員をかき集めても使い方が判らないというのだけが問題だ。 研究だ何だと理由をつけて取り上げられてしまっていたが、召喚の儀式から2回の虚無の曜日を挟み、今さっき渋い顔をしたコルベールが部屋に持ってきてくれた。 「ミス・ヴァリエール。ともかく凄い使い魔なのだから、大切にしなさい……」 と言っていたが、ならいきなり取り上げる事は無いんじゃないかなと思うルイズである。ともかくまずは自室の机に座って、台形に近い形の使い魔をじっくりと見つめた。 左側に十字の突起があり、右側には○と×のかかれた丸い突起がついている。色は全体的に蒼いが、突起の間には白い長方形が描かれており、そこが最もツルツルしていて不思議な感じだ。 厚みは2セントほどで、裏側と思われる方にはプロアクションリプレイなる文字が書かれていた。ミスタ・コルベールはそんな事を言っていなかったけれど、見落としたのだろうか? 文字の下には使い魔のルーンがしっかりと刻まれており、やはりこの不思議な箱が使い魔なのだと再認識する。 「ほえっ?!」 振ったりひっくり返したりしていたら、ピコーンという耳慣れない音が響く。うっかり落とすところだったが、なんとか持ち直して表を向けた。 長方形の部分が光を発しており「ホンセイヒンハ ヤマグチノボルシ ノ セイシキナ ショウヒンデハ アリマセン」という文字が浮かんでいる。はっきり言って意味不明だ。 分からないのでとりあえず×のボタンを押してみると、長方形の部分がめまぐるしく色を変え始めた。 -ゼロの超インチキな使い魔- みたことも無いほど色鮮やかな何かのマークが浮かんだと思ったら、再び画面に文字が現れた。ルイズは興奮に肩を震わせながら見つめる。 長方形の中の左のほうに、上から順に「マホウ」「スキル」「ステータス」「アイテム」等と並ぶ。十字の突起で上下を選べるようだ。 出来るだけ刺激を与えないように箱をそっと机の上に置き、細心の注意を払いながら最も興味のあった「マホウ」を選択して○を押した。再び画面に光が踊る。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「カゼLV-- ツチLV-- ミズLV-- ヒLV-- キョムLV00 セイレイLV--」 「カイゾウ シタイ コウモクヲ エランデ クダサイ」 現れたのはそんな文章だった。まだよく分からないが、キョムLV00というのがルイズの目を引く。他のは--なのにこれだけ数字だ。 まさか自分が虚無の訳がないが、勝手に自分の名前が書かれていることを考えると、もしかして魔法の才能を見られるマジックアイテムなのかとルイズは思った。 十字を動かしてキョムLV00を選択し、○を押すと再び画面が切り替わる。 「キョムLV■■」 「ジュウジキー ノ ジョウゲ デ センタクシテ クダサイ」 「ケッテイ○ トリケシ×」 ゼロという数字が非常に気に食わなかったので、とりあえず限界まで上げて○を押してみた。確認の文字が出たが当然○だ。 「……?! な、なによこれっ!」 頭の中を無数の呪文が駆け巡っていく。エクスプロージョン、イリュージョン、ワールドドア、ディスペル……。 同時に世界がクリアになったかのように広くなり、体の中の魔力とその扱い方が息をするみたいに分かった。まさか、そんなわけが……。 「い、イリュージョン!」 一番安全そうだった呪文を唱えながら杖を振ると、机の上に手の平サイズのちぃ姉さまが現れた。これはヤバイ。マジでヤバイ。 使い魔を見ると先ほどの文字に切り替わっていたが、キョムLV00がキョムLV99に変わっている。もしかして虚無極めちゃったとか? 鼻息を荒くして片っ端から選択し、同じように表示されていた魔法全てを限界まで上げた。温度も空気の流れも敏感に感じるようになったきがする。ついでにフヨフヨしてるセイレイまで見えた。 「錬金! 偏在!」 魔法は当然のように成功。今までの努力は何だったのかと小一時間ほど文句を言いたくなり、金の山を前に偏在で20人に増えた自分同士であれこれと言い合う。 瞬時にして全ての魔法をマスターしてしまったルイズは、更なる物を求めて使い魔を手に取った。 「私は生まれ変わった! 無敵として! 最強として! おお、世界はこんなにも素晴らしい!」 あれからステータスの部分も弄り、魔力やら回復率やら体力やらも限界まで上げた。力とか素早さは筋肉ムキムキになったら嫌なのでちょっとにしておいた。 胸のサイズも変えられたが……。部屋が胸でひどい事になったので保留にした。あんなにいらないよ、というわけで相変わらずのツルペタ。 でもいつでも巨乳になれると思えば、重いものを常にぶら下げているより余程よい。もう一晩中走っても疲れないけどね。 試しに自分の部屋が金で埋まるほど錬金してみたけれど、どんなに魔法を使っても殆ど魔力を使わないし、使っても瞬きをすれば直っているので使い放題だ。杖を持っているフラグとやらを立てたら素手でもよくなった。 出会った人間全てに抱えるほどの金貨と水の秘薬を押し付けながら食堂に行き、1本で家を買えるほど高価なワインを増産して厨房に持っていく。もう目の前はバラ色過ぎた。 廊下に蒔いて歩いた金を取り合う生徒を肴に、豪華な料理と最高のワインに舌鼓をうつ。たまに流れ弾が飛んでくるけれど、カウンターを使っているのでルイズだけは平穏。 ワイングラスを傾けながらデザートを待っていると、タバサという生徒が心を直す薬とやらの話をしてきた。機嫌は最高潮なのでシャワーで使えるほどプレゼントする。この幸せを皆で! ……その日から本当に色々な事があった。 例えばワールドドアで実家に日帰りして、ちぃ姉さまを水の秘薬を沸かしたお風呂とマジックアイテムを駆使して治したのが次の日。 ハヴィランド宮殿にワールドドアで直接行って、周囲を取り囲んでいたレコン・キスタを40人の偏在と100体の巨大鋼鉄ゴーレムで完膚なきまでに叩き潰したのが一週間後。 アンリエッタとウェールズ皇太子との結婚パーティーが1ヵ月後。 タバサの要望でガリアに突撃して、シャルルを生き返らせた後で泣き崩れるジョゼフを蹴り飛ばし、タバサが女王になったのが2ヵ月後。 始祖ブリミルの再来だとか言われて、ロマリア教皇になれだのなんだのと信仰され始めたのが、たしか半年後。 頼まれたので四つの四とやらを増産して四百の四(ルイズに全ての使い魔のルーンフラグを立てた)にして卒倒されたのだけはよく覚えている。 ちなみに現在、200台のタイガー戦車(ガンダールヴにした兵士が操縦)と共に聖地を目指している真っ最中だ。 でも砂漠は暑くて嫌だったので、MAP属性を変更して草原に変えた。だって土ぼこりで煙いんだもん。皆も喜んでるしこのぐらいはOKよね? 先行で飛んでいった50機のゼロ戦部隊(同上)はもうついている頃かな。ワールドドアでいけるフラグは立ててあるんだけど、やっぱり折角だから最初ぐらい自分の足で行かないと。 「おお! 見えてきましたぞー!」 髪の毛をふさふさにしてあげたコルベールの声が戦車の中から響いた。一緒に装甲の上に座っている皆も興奮した声を上げる。 ガンダールヴなシエスタ、ミョズニトニルンにしてヴィンダールヴなタバサも楽しそうだ。キュルケはゼロ戦に乗って先に行ったはず。 ワルドは母親を生き返らせると極度のマザコンが発症してしまい、赤ちゃんルックで「ママ、ママ」とすがり付いていたので連れてこなかった。あの光景は実に忘れたい。 「とうとう来ましたね! 何があるんでしょうか!」 「ふふん。それを確かめるのよっ!」 地平線の向こうに影が見える。はたして聖地には何があるのかしら? 召還した物 プロアクションリプレイ
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前ページ次ページゼロの魔王伝 ゼロの魔王伝――20 白々と輝く星と、淡い紅と朧な青の月光だけが光となる夜の闇に、岩礁にぶつかり砕ける波のような銀粉が散った。 三色の光に照らされ、刹那の時だけ眩く輝いた銀粉は、次の瞬間吹いた疾風に掻き乱されて、あえなく消え去る。 闇が衣と変わったようなロングコートの裾を翻す疾風はDという名前を持っていた。 神秘的な青い光を湛えたペンダントが、疾風さえも追い抜くであろう主の動きに乱れ踊る中、Dが一足飛びに跳躍した。 両手で握ったデルフリンガーを大上段に振り上げ、眼下に立つ自分自身同様に闇を傅かせた美貌の青年へと振り下ろす。 夜の帳さえも一太刀で裂くような一撃を、百条に及ぶ魔糸の斬撃の群れが受けた。 光の速さで指先に伝わる斬撃の威力に、魔糸の主である幻十は月輪を思わせる麗貌に氷から削り出したかの如く冷たい表情の仮面を被っていた。一太刀を防ぐために百条の魔糸を切断された幻十は果敢に追撃の手を放った。 刃を打ち合せた態勢で、二瞬ほど動きを停滞させていたDめがけて、前方より波涛の如く襲いかかる銀の光。 縦に放った千分の一ミクロンという細さの突き、無限長に伸びる魔糸を用いての斬撃の無数の組み合わせによって、D目掛けて襲いかかる魔糸総数二十条は、すべてが微細に異なる攻撃方法であった。 Dがデルフリンガーで風を貫きながら突きを放ち、最短距離を飛んできた一条の魔糸を絡め取る。刃毀れや錆の浮いた刃に不可視の魔糸を絡み付かせ、瞬時に手首を回す。 銀色の渦のようにデルフリンガーの刀身に絡み取られた魔糸が、Dの手首の動きに従順に従い、幻十の繊指の支配から逃れた魔糸は、他の魔糸達へと襲いかかり、Dと幻十との直線距離を覆うアーチの様に極細の死神達を追い払う。 絡み取った魔糸を、手首こねる動作で断ち切りながら、Dの足が大地に沈み、猛烈な反発の力を得て駆ける。 幻十は彼方にある木立に巻きつけた魔糸を引き、後方へ十メイル以上の跳躍を行いながら、神速で迫るD目掛け、左手を下方から掬いあげる様に振るった。同時に左手の五指全てが、百分の一ミリ単位で細やかな動きを見せる。 指一つとっても奇跡の産物の様な幻十の左五指は、あまりの動きの速さに霞んで見えた。放たれるはいかなる魔技か。そしてまた、迎え撃つDの剣はいかなる神業か。 Dが黒瞳を周囲に走らせ、上後方、全面百八十度、襲い来る五十以上の魔糸を認めた。 いずれも描く軌跡はこれまでのような、直線や弧ではない。 一本一本が意思を持った生物の様に、まるで一つの群れとなったかのようにDという獲物を駆り立てるべく縦横無尽に、じぐざぐと動き回り、螺旋を描き、多種多様に迫ってくる。 斬撃と数のみならず、描く軌跡と二色の月光のきらめきを利用した催眠効果を与える幻十の必殺を狙った攻撃であった。 Dの瞳が半眼に閉ざされた。視覚から脳髄に忍び入ってくる魔糸の催眠効果を遮断し、迎撃に、視覚を除く五感と直感に命運を委ねた夢想の剣が閃く。 右足を視点にその場で旋回し、それがどれほどの速度で行われたものか、コートの裾は刃の鋭さを得て襲い来る魔糸の幾本かを弾き返し、Dの体に淫らな意思を持った蛇の様に絡み付かんとする魔糸は、例外なくデルフリンガーの刃に迎え撃たれた。 Dの右腕が幻十の指同様に霞んで消える。迫る魔糸を迎え撃つDの剣舞もまた神速の領域へ到達したのだ。 魔糸を迎撃する中、Dは再びコートの内側から取り出した木針を幻十へと投じる。幻十の反応速度から言って、マッハ十前後で投じても迎撃されるのは火を見るよりも明らかであったが、わずかなりとも集中を崩さねば、反撃の一手を放つ切欠さえ掴めない。 魔糸の連続攻撃に神経を割いていた幻十の反応は万分の一秒遅れた。一万五千分の一秒の遅れであったなら、額を貫いた木針に脳漿をぶちまけられていただろう。 魔糸を操る指先はそのままに、体に纏っている防御用の魔糸『糸よろい』を数本外し、燃え走る流星となった木針の縦に両断し、その衝撃で木針はわずかな火の粉となって幻十の冷美な横顔をかすかに照らした。 Dは、思考を伴わぬ剣士としての本能に命運を委ねた夢想剣で、先程とおなじ迎撃手段を取った。 襲い来る魔糸のことごとくに刃を合わせると同時に刀身に巻きつかせ、デルフリンガーへと伸びる銀の筋が五十を越えると同時に、わずかに刀身の角度をずらして巻きとった魔糸を断つ。 「同じ手が二度も通じると思うのか?」 笑う幻十の声と同時、Dがその場上方へと跳躍する。切断し、幻十の指から離れた筈の魔糸が、断たれた事など知らぬとばかりに鎌首をもたげてDへと斬り掛かってきたのだ。 コートの裾を幾本かの魔糸に斬られたDは、空中で幻十の声を聞いた。 「コードレス・コード。糸は断たれても込めた殺意と技は残る」 その技の名を、かつて幻十と争った幼馴染もまた口にしたとは、幻十は知らない。しかし、断たれてなお襲い来る魔糸とはなんたる技か。 無論、幻十の指が直接操作していた時とは違い、単純な動作のみで、一瞬のみの発動とはいえ人間業ではあるまい。 跳躍し、空中の人となったDは、下で待ち受ける魔糸と前後左右から迫る魔糸を見ていた。 落ちるは斬撃地獄、待つも斬撃地獄。 漆黒のロングコートを、天界とのハルマゲドンに赴く魔王の如く広げ、Dがデルフリンガーを右下段に構えて空中でさらに飛翔した。 あろうことか後方から襲い来た魔糸の一本を足場代わりにしたのだ。タイミングを誤ればそのまま体を両断されかねぬ行為を、一瞬の躊躇いもなく行うのが、この青年であった。 そんな中、Dに握られたデルフリンガーは主の苦境とは別に恍惚の中にあった。それは一振りの刀剣としての歓喜であった。主の美しさにではなく、その技量への感動であり、かつてない高揚であった。 魔法によって知性を与えられたとはいえ、デルフリンガーの本質は剣だ。何かを斬り、誰かを斬り、何もかもを斬る道具だ。 道具としての自分の真髄をこの六千年の中で最も引き出し、使いこなし、振るっているのが今の主たるDであった。 刀剣としての自分をここまで完璧に使いこなし、これほどまでに鋭く、早く、重く、軽妙に振るい、壮絶な鬼気さえ纏わせた者は、これまでデルフリンガーを握ってきた者達の中にはいなかった。そう、かつてのガンダールヴでさえ。 なんという僥倖、数百年の退屈の果てにこのような出会いがあるとは、夢にも思わなかった。恐るべき使い手だ。凄さまじい剣士だ。称える言葉が思いつかぬほどの戦士だ。 ならば、そのような使い手に相応しい姿にならねばなるまい。 幻十めがけて跳躍するDの右手の中のデルフリンガーが、幻十の張った防御用の糸を天から地への一閃で斬り散らすのと同時に、デルフリンガーの刀身が目も眩む眩さで輝いた。 たちどころに刀身を覆っていた錆は消え、零れていた刃も欠損を埋めて、瞬く間にデルフリンガーはボロだらけのナマクラ刀から、剣匠の込めた魂の気迫が匂い立つ見事な剣へと変わっていた。 「ああ、そうだ、おれを振るえ、相棒!! このおれが認めてやる、お前さんはハルケギニア六千年の歴史で最強の剣士だ!!」 デルフリンガーの変身の中も目を閉じなかったDは、デルフリンガーの興奮した声を気にも留めず幻十へと目掛けて、右足が地を踏むのと同時に更に飛翔。 低空すれすれを這うように飛ぶ蝙蝠の様な影を月光に落としながら、ついには幻十の姿をその刃圏に収めた。振り下ろし切れば幻十の体を斜めに両断する構えは右下段、切っ先は後方に流れている。 幻十が大きく右手を振るう。万軍に命令を下す覇王の如く。 Dが右手を振るう。巨人の首さえも落とす神話の英雄の如く。 不可視の螺旋衝角――ドリルを形作った無数の魔糸の先端と、真の姿を取り戻したデルフリンガーの刀身とが激突した。 幻十の頭頂まで残り五十サントの位置で鮮やかに煌めく無数の銀粉。天空に輝く淡紅と白みを帯びた青い月光を受けて銀色から変わる光の燐粉は、デルフリンガーの刃に切り裂かれる魔糸の残滓の姿であった。 放たれたDの一刀にどれほどの力と技が込められていたものか、更なる魔糸の一撃を放つ余裕は幻十にはなく、デルフリンガーの刃に徐々に切り込まれる螺旋衝角の維持で手一杯であった。 ぎり、と奥歯を噛み鳴らし、幻十の美貌に初めて余裕以外のモノが翳を過ぎった。 デルフリンガーが魔糸を切り裂くかと思われた瞬間、螺旋が弾けた。さながらホウセンカの果実の様に。 常人には何もないと見える目の前の空間に、無数の糸が乱舞している様が見て取れるDは、デルフリンガーの刀身を縦に構えて自分に迫る魔糸のことごとくを弾く。 睨みつけた獲物を逃さぬ鷹の眼は、幻十の姿が前方上方六メイルの位置にあると認めた。互いに決め手を欠いたまま、今一度、飽く事無く二人の間で透き通った殺意が交差した。 天と地とに分かれて争う美影身を、タバサはただ呆然と見つめていた。 美しいからか? 然り。 恐ろしいからか? 然り。 辺り一帯を埋め尽くす二人の鬼気よ、殺気よ。それは尋常ならざる魔界の地に足を踏み入れたのかと錯覚するほどに濃密で、空を握った掌の内側に結晶の形となってしまいそうだ。 Dと幻十、あの二人で生死を賭けて戦い始めたその瞬間から、ここはただの人間が居てはならぬ異世界へと変わり果てていた。 息を忘れて、漆黒の魔人二人の戦いをタバサは瞳に映し続ける。 天空には双子月と浪蘭幻十。 大地には彼方まで広がる悠久の大地とD。 二組を繋ぐのは夜の世界を渡ってきた風と月光。 二人の戦いは、どちらの方がより美しいかという答えを出す為のものであったかもしれない。 六メイルの高みからDを見下ろしていた幻十が、何度目か必殺の意を万と込めた一撃を放った。Dの頭頂から両断すべく振り下ろされた魔糸。全長は一リーグ≒一キロを越す。 十分な余裕を持って回避できる筈の魔糸を見ていたDの瞳の中で、一条の煌めきは、たちまち一千の閃光と変わった。 千分の一ミクロンの魔糸千本を縒り集めた一ミクロンの魔糸を、敵の頭上で解き、たちまち一筋の斬撃を千の斬撃へと変える。 たった一本を回避する事から、千本にも及ぶ魔糸の斬撃の回避へと行動を変える事は、もはや不可能なタイミングであったろう。幻十の唇がひどく残酷な形に吊り上がる。 目の前で数千の肉塊へと変わる強敵の様を思い描き、サディスティックな愉悦に胸の内をどす黒く焦がそうとしているのだ。 成す術なくDが微塵に斬り裂かれるかと、彼の魂を連れ去るべく待っていた冥府の使い達が目を見開いたその時、動いたのはDの左手であった。降り注いだ魔糸の雨を防いだ時同様に、Dの左手に宿る老人が、死の運命の扉を塞ぐ鍵となったのだ。 左手を掲げるのと同時に老人の声はこう流れた。 「風だけじゃが、なんとかするしかないか」 開かれたDの左手の掌に浮かんだ老人が、再び抜け落ちた歯の目立つ口を、大きく開いた時、その喉の深奥でちろちろと燃える青白い炎があった。Dの左手に宿る老人は、世界を構成する四元素『火』『土』『風』『水』を食らう事で、膨大なエネルギーを生み出す生産プラントでもある。 幻十の放った魔糸を吸い込む時に吸引した風を元にしてエネルギーを生み出し、左手の老人は喉の奥から、青白い炎を一気に噴き出した。 それがどれほどの熱量と勢いを持っていたものか、襲い来る魔糸はすべて蒸発し、炎が舐めた大地はガラス状に解けた断面を晒しているではないか。 幻十が目の前まで迫った炎の舌に、かすかに目を細めたその瞬間、背筋を貫く鬼気の放射に愕然と炎の中から姿を見せた黒影に目を見張った。 自らの左手が生み出した炎の灼熱地獄の中を、右手に握るデルフリンガーで切り裂き、飛翔したD! 紅蓮の海を挟み対峙する両者の間を、白銀の弧月が繋いだ。 デルフリンガーの切っ先を真横へと向けたまま、Dは音もなく地面に着地した。すっくと立ち上がった時には、すでに戦闘の気配を納めている。 幻十の左頸部を狙った一撃が、肌に触れるその寸前、幻十の姿はDの目の前から消えていた。どこか遠くに巻きつけた魔糸を利用して幻十は退いたのだ。 それがどれほどの速度であったものか、発生した突風に千切られた風がはらはらとDの周囲に舞落ち、残っていた炎に燃やされて灰に変わる。実に、幻十が逃亡に用いた魔糸は、彼の体を音速を超えて運んだのである。 左手がやれやれ、と骨の髄まで疲労を溜め込んだ声を出した。 「なんなんじゃ、この世界は? あのメフィストとか言う医師だけでなく、幻十とか抜かすあ奴も大概バケモノときおった。 しかも、戦い始めた時から常に成長しておったぞ? 下手をすれば無限に成長するかもしれん。 ここで首を落とせなんだ事を後で悔やむ様な事にならなければ良いが、それも自業自得というものなのかの。お前があのチビのお嬢ちゃんを庇うとはな。構わなければ止めは刺せずとも深手くらいは負わせられたものを」 Dが真横の突きだしていたデルフリンガーを下げた。Dの一刀を浴びる寸前、幻十がタバサめがけて放った魔糸を防いだデルフリンガーを。 変貌したデルフリンガーの事は露ほども気にする様子はなく、Dは右手に刃を提げたままタバサへと歩み寄った。 タバサは自分に歩み寄るDの姿に、死を覚悟した。いわば自分はDを罠へと誘いだしたのだ。目の前の青年が、そんな相手を許す様な性根の主とは見えない。 両手で握りしめた杖が大きく震えるのを感じながら、タバサは目の前で足を止めたDの顔に見入った。 Dは冷たくタバサを見下ろしている。右手が動いた。デルフリンガーの刃が風を薙いだ。無造作に、草でも刈る様に。そうやって、タバサの首も刈るのだろう。 弁明も言い訳も何も意味を成さないと悟ったタバサは、静かに目を閉じて息を飲んだ。自分と家族の人生を狂わせた男への復讐を果たせず、母の心を取り戻せずに終わる事だけが心残りだった。 シルフィードは泣いてくれるだろう。きっとわんわん泣くに違いない。キュルケやルイズも、自分が死んだら涙を流してくれそうだ。ルイズは自分を斬り殺したDの事を責めるだろう。 本当なら、こんな所では死ねないと、終わるわけには行かないと、地べたを這ってでも生きようと足掻かなければならない。なのに、どうしてもそんな気力が湧いては来なかった。 思ってしまったのだ。目の前に黒衣の青年が立った時に、このまま殺されてもいいと。この美しい青年に、殺されてしまいたいと。自己破滅願望とこの世ならぬ美への恍惚が入り混じった極めて危険な心理に、タバサは陥っていた。 Dの手が振られた。タバサは、自らの体を両断する冷たい感触が流れるのを待った。 「……?」 しかし、待てども訪れぬ感触に、訝しげにタバサが目を開いた時、Dはデルフリンガーを握ったまま人差し指と親指で何かを摘まむような動作をしていた。 訳が分からずDの指を見つめるタバサに、Dが口を開いた。 「目には見えんが、糸がある。あの幻十という男のものだ。これが君の体に巻き付き、あらゆる情報を奴に伝えていたのだ」 「糸?」 「今は斬ったから何を話しても問題はないがな」 Dの告げた幻十の武器の正体に、愕然と眼を見開いてタバサはDの指先を見つめた。目を凝らして凝らしても、何も見えない。 ただ、時折降り注ぐ月光を反射して何かが煌めくのが見えた。それが、Dの言う糸なのだろう。Dはデルフリンガーで斬った魔糸を、左手の口の中にしまい込んだ。 タバサの体に巻きつけられた魔糸は、糸そのものを震わせる振動からその場で行われている会話、巻きついた対象の体温や血流、体内の電気信号などから感情、精神状態までを光の速さで幻十の指に伝えていたのだ。これまでタバサの会話や心は全て幻十の手の内に把握されていたと言っていい。 「知っている相手の様だな。何者だ?」 タバサが身を強張らせた。Dの声は質問に答える以外の言葉を許さぬ冷厳な響きであった。 「彼は、ガリア王ジョゼフの使い魔として呼び出された青年。けど、契約は結んでいない」 「続けろ」 「ジョゼフは、彼に何の命令も下していない、ただ彼の好きにさせているだけ。私は彼に従うように命令を受けた。だから、貴方を呼んだ。彼は貴方に興味がある様だったから」 「また命令が来れば同じ事をするか?」 「……しなければならない理由が、私にはある」 「そうか」 タバサは杖を握る手に力を込めた。つい先ほどまで生を諦めきっていたが、仇敵に従う振りをしてまで果たそうとしている事を思い出し、わずかでも可能性があるならそれに全霊を賭けようという気概が蘇っていた。 もしDが自分を殺そうとするのならば、わずかなりとも抵抗してみせる。 瞳に強い光を取り戻したタバサを見て、Dは何を思ったか、無言で踵を返した。その背に、タバサが声をかけた。 「待って、貴方に頼みがある」 Dが立ち止まってタバサの言葉の続きを待った。かすかな逡巡の後に、タバサが意を決して、言葉を続ける。 「彼を、ロウランゲントを斃して欲しい。貴方なら彼を斃せる。いいえ、貴方にしか斃せない。彼は明言はしていなけれどおそらくジョゼフの味方をする。 私は、どうしてもガリア王ジョゼフを斃さなければならない。私の前にロウランゲントが立ち塞がると思う。もし、ガリア花壇騎士団が全員私の味方になってくれても彼には勝てない。それに、彼はたぶんこの世界に来てはいけなかった人。ゲントの存在は、この大陸にとても良くない事を巻き起こすと思えて仕方が無い」 「おれは殺し屋ではない。吸血鬼ハンターだ」 再び歩み去ろうとするDに、慌ててタバサが声をかけた。浪蘭幻十と対抗しうるおそらく唯一の男を、味方にする千載一遇のチャンスだ。逃すわけには行くまい。 「なら、ゲントと彼の連れている吸血鬼を始末して」 「吸血鬼を従えているのか?」 足を止めて聞き返してきたDの様子に、タバサが安堵の吐息をひとつ吐いた。少なくとも興味を引く事は出来たようだ。しかし、吸血鬼ハンターとは、文字通り吸血鬼を狩る者の事だろうが、ハルケギニアではそう言った者は聞いた事が無い。 目の前の青年がはるか遠方から、それこそハルケギニアの名が伝わっていないほど遠いどこかから呼ばれたのだという噂が、タバサの脳裏に蘇った。だが、今はDの素性を確かめようとするよりもするべき事があった。 「私に払う事の出来る報酬は多いとは言えない。けれど、私が支払えるものであったなら、何でも払う。この体でも命でも構わない。 だから、お願いします。どうか、この世界の為にロウランゲントを斃してください」 深く腰を曲げて頭を下げるタバサを一瞥し、Dは無言のまま背を向けて学院へと歩き始めた。タバサの懇願も、誠実な態度も、まるで知らぬという様に。 顔を上げて離れ行くDの背を見つめていたタバサは、ひたむきな瞳を向けていた。 「どうして、私に何もしないの?」 タバサにとっては、その答えを得られぬ事が、Dの刃の露と消えるよりも辛かったかもしれない。 タバサは、Dの姿が消えるまで、そこに立ち続けた。世界のすべてから忘れ去られたような、ひとりぼっちのまま。 なお、Dの背に戻されたデルフリンガーが、 「相棒、おれが変わった事、気にしないの? ねえ?」 と寂しげに呟いたが、むろん黙殺された。 ルイズの部屋に戻ったDは、なにやら神妙な顔をしてこちらを見つめるルイズと、なぜか部屋に居るギーシュを見た。こんな夜遅くに女の部屋に男の姿がある。争った形跡もないという事は 「ませとるなあ、しかし、よりによって引っ張り込んだのがこいつか。お嬢ちゃん、もうちっと男を見る目を養った方が」 「違うわ。D」 いつもなら簡単にDの左手の挑発に引っかかるはずのルイズが、冷えた声を出した。いつもとはだいぶ違う様子に、左手もふむん? という声を出す。 ギーシュの方も口に薔薇を加えた気障なポーズはともかく、顔つきにはふざけた様子もおどけた調子もない。ルイズ同様に真摯な瞳でDの顔を見つめている。 どんな鈍感な人間でも、これは何かあると分かる二人の様子だ。 ルイズはDの目の前まで歩き、使い魔の顔を見上げた。正面から、逃げる事も恥じる事も何もないと、堂々と胸を張って、主人らしく。 「D、私アルビオンに行く事になったの。明日の朝、出立するわ」 「理由を聞こう」 Dに対して、ルイズは静かに事情を話し始めた。Dが浪蘭幻十と死闘を繰り広げていた時、ルイズはトリステイン王女アンリエッタの訪問を受けていた。 頭巾を取り、素顔を晒したアンリエッタは、膝を突くルイズの手を取って懐かしい友との再会を喜んだ。ルイズは、幼少の頃にアンリエッタの遊び相手を務めていたのだ。 お転婆娘だった小さな頃を懐かしみ、その頃の自由に思いを馳せている間は良かった。Dも特に反応を見せる様子はない。それで終わったなら、そもそもルイズはこんな神妙な顔はしないだろうし、ギーシュが部屋に居る理由も分からない。 雲行きが怪しくなり出したのは、アンリエッタがこのたびゲルマニア皇帝に嫁ぐことになった下りからである。 別段王室同士の婚姻など珍しい話ではない。アンリエッタにもトリステイン王家のみならずアルビオン王家の血が流れている。 では何が問題かと言うと、それはアルビオン王国の政治情勢に一因があった。Dも、下僕というか小間使いにしたフーケから話を聞き、かの浮遊大陸のきな臭い情勢については風聞程度で知っている。 アルビオンの貴族達がどこぞの司教を旗印にして王家に対して反旗を翻し、いまや王家は追い詰められ、始祖ブリミルが授けた三王権のひとつが倒れるのも時間の問題だというのだ。 トリステインは始祖ブリミルの子の血を引く由緒正しい王家であったが、国力で言えば小国と言われても反論できない。 平民といえども領地を購入すれば貴族となる事も出来、国力を増大させたゲルマニアやハルケギニア一の大国であるガリア、宗教的な理由から神聖不可侵な血であるロマリアと違い、トリステインは歴史の古さ位しか取り柄が無いのである。 さて、そこでトリステインとゲルマニアが、いずれアルビオン王家を打倒した反乱軍が、両国いずれかに矛先を向けると考えたのは至極当然であったし、対抗するために同盟関係を結ぼうとするのも自明の理だ。 その為にトリステイン王家の一粒種であるアンリエッタが、親子ほども年の離れたゲルマニア皇帝に嫁ぐのは、両国の関係強化にこれ以上ない方法だったろう。 アンリエッタも望まぬ恋ではあっても、王家に生まれ者の宿命とそこは諦めと共に受け入れてはいる。ここで、いよいよ大問題に差し掛かった。 ルイズが淡々と事実を述べる様に口を開いた。極力私情を交えぬようにと配慮しているらしい。 なんでもアンリエッタとゲルマニア皇帝との婚姻を妨げる材料が存在しているというのだ。よりにもよって戦乱のアルビオン王国に、よりにもよって渦中にあるウェールズ皇太子の手元に、である。 「なにが、王女と皇帝の婚姻を妨げる材料になるのだ?」 「姫様がいぜんしたためたという一通の手紙よ。内容はお教えくださらなかったけど、それが明らかになればゲルマニアの皇室は決してアンリエッタ姫を許さず、婚姻も反故にされるそうよ」 「たった一通の手紙でか?」 「……ええ」 その事を語る時のアンリエッタの様子は、ルイズに手紙の内容を容易に想像させたが、それをDには語らなかった。 「アルビオン王国が反乱軍の汚らわしい手で潰えてしまうのは悔しいけれどもう決定的。であれば来る反乱軍との戦いとの時に、トリステイン一国で相手をするのは……絶望的なのよ」 「では、王女の頼み事は」 いつもより冷たく見えるDの眼差しに、体の内側から冷やされる思いで、ルイズはわずかに息を飲んだ。それでも、一度だけ目を瞑ってから答えた。 「戦乱の只中にあるアルビオンから、その手紙を取り返す事よ」 ルイズはその時のアンリエッタとのやり取りを思い出した。 ルイズの目の前でそれまでの友との再会を喜んでいたアンリエッタが、たちまち顔色を蒼ざめさせて、狼狽しだしたのだ。ルイズはその変化に戸惑いながらもアンリエッタを宥めてその先を促した。 ウェールズ皇太子の元にあるという手紙と、その事を告げた時のアンリエッタの様子から、何を求められているのかは薄々分かっていたが、アンリエッタの口から直接聞きたかった。 「では、姫様、私に頼みたい事とは?」 「無理よ! 無理よルイズ! わたくしったらなんてことでしょう! 混乱しているんでしょう! 考えてみれば貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険な事、頼めるわけがありませんわ!」 弱々しく首を左右に振り、自分の浅慮を悔いるアンリエッタ。だが、その様子をルイズは不意に遠いモノの様に見ている自分に気づいた。つい先ほどまではアンリエッタ同様に大仰に喜び、芝居がかった言葉を交わしあっていたのに。 ふと脳裏に、今は部屋に居ない――ようやく気付いた――使いの間の姿が過ぎった。彼の影響だろうか? ルイズはそっとアンリエッタの手を両手で包みこんだ。アンリエッタが不意に顔を上げ、涙の粒を眼の端に浮かべた瞳に、慈愛に満ちた顔を浮かべるルイズの顔を見上げた。 ついさっきまで同じ過去を共有する懐かしいおともだちだったのに、今はアンリエッタの知らないルイズがそこにいた。 妹を慈しむ姉の様な、娘を想う母の様なそのルイズの姿に、アンリエッタは身惚れた。 「姫様」 「ルイズ?」 「わたくしは、わたくしをおともだちと言ってくださったことがとてもうれしゅうございました。このルイズ、姫様のおともだちとして、そして家臣としても、貴女様の僕であり、理解者でございます」 「ルイズ、ルイズ・フランソワーズ、貴女はわたくしの知らない間に、こんな立派な貴族になっていたのですね」 感極まって涙ぐむアンリエッタの目元をそっと、取り出したハンカチでぬぐってから、ルイズは膝をつき再び臣下の礼を取った。 「ルイズ?」 「ですが、唯一のわがままをお許しください。姫様、姫様はおともだちとして私にお願いしてくださいました。ですが、どうか、主君としてもご命じくださいませ。私に、命を賭して命を果たせと」 「ルイズ、どうしてそのような事を」 「姫様がご存じかは存じ上げませんが、わたくしはゼロのルイズと呼ばれております。満足に魔法を使えぬ未熟者という意味でございます。そんなわたくしが姫様の命を果たすには身命を賭す以外にありませぬ。 どうかおともだちの為に戦うという事以外にも、このわたくしに勇気を振るい起こすお言葉をお授け下さいませ。おともだちの為に、主君の為にと、勇を振るい起こすお言葉を」 「ああ、ルイズ、わたくしは貴女になんて事を頼んでしまったのでしょう」 かすかに肩を震わせるルイズの様に、アンリエッタは我に返ったように慄いた。ルイズが今、アンリエッタの願った事を果たす為に命を賭ける覚悟を決めている。そして、恐怖を必死に押し殺そうとしている事も分かった。 自分はルイズに死ねと言っているようなものなのではないか? アンリエッタは初めて他人の気持ちを慮るという事を考えていた。 では、自分がおともだちと呼んで泣き付き、頼りにしたこの少女になんというべきか。聞かなかった事にして欲しいと告げ、今宵の出来事を自分もまた忘れるべきか。 それでもルイズの願いどおりにおともだちとして、そして王家の姫君として戦の只中にアルビオンに赴き、手紙を取り戻して来いと、命を賭けて果たせと命じるべきか。 自分の言葉で目の前の少女の運命が変わると、アンリエッタは初めて感じる恐怖に震えた。 「おお、おお、わたくしはなんと浅はかだったのでしょう。懐かしいおともだちであった貴女が、この学院に在籍していると知った時は始祖ブリミルが哀れな私をお見捨てにならなかったなどと思いあがり、貴女を死地に赴かせる事を口にするなど」 打ちひしがれたようにベッドに倒れて手をつくアンリエッタの言葉をルイズはただ待った。アンリエッタの心が決まるのを待った。 震えるアンリエッタの肩が、ようやくおさまった頃、流した涙をそのままにアンリエッタが毅然と顔を挙げた。 少なくとも先程までルイズに泣き崩れていた弱々しい少女の顔ではなかった。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール、貴女に命じます。アルビオンに赴き、ウェールズ皇太子よりわたくしがしたためた手紙を取り返してくるのです」 「はい、杖に賭けて」 ルイズもまた凛とした声で答える。人の上に立つという事の責務をようやく実感し出したアンリエッタとルイズだけの部屋に、ノックの音がしたのはちょうどその時であった。 「誰!?」 「失礼する」 ルイズの誰何の声に応える間もなく声の主は静かに扉を開いて入ってきた。フリル付きのシャツに鮮やかな色のスラックス、胸のポケットには薔薇の造花を模した杖が一輪。 ギーシュである。何を聞きとったのかはたまた単なる偶然か、ルイズとアンリエッタの会話を耳にしていたらしい。扉に鍵を賭けていなかったので容易く入ってきたギーシュはそのままアンリエッタに向けて膝を着いて首を垂れた。 「姫殿下、盗賊の如く様子を伺うという下劣な真似をいたしましたご無礼は、どうか、このギーシュ・ド・グラモンがミス・ヴァリエールと共に任務を果たす事でお許しくださいますよう、お願い申しあげます」 「グラモン? あのグラモン元帥のご子息かしら?」 「四男でございます」 涙の跡を拭いたアンリエッタが、やや赤くなった目元をきょとんとして、小首を傾げながらきょとんとした顔で聞き返した。なんともはや、抱きしめて頬に接吻したくなるように可愛らしい。 ギーシュはかすかに頬を赤らめながら、立ちあがって恭しく一礼した。 「ありがとう、あなたも私の力になってくださるというのですね。でも、とても危険な任務なのです。ルイズにも申しましたが、命を失うかもしれないのです」 「姫殿下、わたくしは武門の子です。物心ついた時には、こう教えられ育ちました。命を惜しむな、名を惜しめ。決して表に出るような任務ではないと存じております。 ですが、トリステインの可憐な花たる姫殿下のお心に一時でも私の名を覚えていただければ、それはなによりの名誉なのでございます。父にも母にも兄にも伝える事は出来ずとも、わたしはグラモン家の家訓を守る事が出来るのです」 「ルイズ」 「姫様の御心のままに、お決めくださいまし。ギーシュ、いえミスタ・グラモンにこの任務を任せるか否かは」 「今のわたくしにはその言葉が何よりも重いものなのですよ、ルイズ。……お父上は立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようですね。この愚かで身勝手な姫をお助け下さい、ギーシュさん」 アンリエッタはにっこりと微笑んだ。それは街道の脇を埋める民衆や、城のバルコニーから見下ろす民衆達に向けるいわば営業用のスマイルに近い。ただ決定的に異なるのは、そこに心からの申し訳なさと、それでも縋る他ないやるせなさが宿っている事か。 ギーシュは感動した様子でうっとりと首肯した。 モンモランシーはどうしたのよ? と内心でルイズは呆れていたが、まあ、ギーシュとは最近気心が知れてきたし、ドットメイジの割には優秀なのは分かっていたので、文句は言わずにおいた。 「ルイズ、ギーシュさん、旅は危険に満ちている事でしょう。おそらく反乱軍の手先たちがこのトリステインやゲルマニアに多く放たれている筈。あなたがたの目的を反乱軍が知ったならどんな手段を取ってでも妨害する事は明白。そんな任務に赴かせるわたくしを許してとは申しません。ですが、どうか生きて戻ってきてください、そしてその無事に、始祖への感謝を捧げさせてください」 そう言ってアンリエッタはルイズの机の上に在る羽根ペンと羊皮紙を使って手紙をしたためた。アルビオンの王党派とウェールズ皇太子への、ルイズ達の身分を証明する手紙であろう。 おそらく最後の一文までを綴ったアンリエッタが、羽根ペンを止めて苦悩する様子に、ルイズは自分の思う通りの内容であったのだろうと、アンリエッタの心中を想い胸を痛めた。 だから、耳に届いたアンリエッタの言葉は聞かなかった事にした。それはアンリエッタとウェールズの二人の間のささやかだが、なによりも輝いている秘密だ。それを他人が知ってはいけない気がした。 「始祖ブリミルよ……。この自分勝手な姫をお許しください。でも、国を憂いても、わたくしはやはり、この一文を書かざるを得ないのです……。自分の気持ちに嘘を着く事は出来ないのです……」 熱に浮かされていたようなギーシュも、アンリエッタのひたむきなその横顔に身惚れたかの様に黙っていた。 アンリエッタは新たに加えた一文をじっと見つめていたが、やがて手紙を巻き、杖を振るうやどこかから封蝋が成され、花押が押される。ルイズはその手紙を神妙な気持ちで受け取った。 この手紙と自分達の行動に、これからのトリステインとゲルマニアの両国の命運がかかっているのだ。まさしく、ルイズの命を引き換えにしてでもなさねばならぬと、ルイズは心中の決意をより堅固なものにした。 「ウェールズ皇太子にお会いしたらこの手紙を渡して下さい。すぐに件の手紙を渡してくれるでしょう。それからこれを」 そういって、アンリエッタは右手の薬指にはめていた指輪と革袋をルイズに手渡した。透き通る様に美しい水を宝石にしたように美しい指輪であった。 「母君から頂いた『水のルビー』と私が都合を着ける事の出来たお金です。せめてもの贈り物です。お金が心配になったら売り払ってください。 この任務にはトリステインの未来が掛かっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、あなたがたを守りますように。 ルイズ、ちいさいころからのわたくしの一番のおともだち、貴方にこんな事を頼んでおいて、言えた義理ではないかもしれませんが、どうか生きて帰って下さい。貴女だけがわたくしの真実のおともだちなのですか。 そしてギーシュさん、宮廷では貴族とは名ばかりの権利と利益の亡者ばかり。この学院にきて、久しぶりに貴族らしい方とお会いできました。どうか、貴方のその気高さを持ったまま、立派な軍人になってください」 そう言って、アンリエッタは始祖に祈る様にして二人に手を組んだまま頭を垂らした。 以上が、ルイズがDに語った事の顛末であった。黙ってそれを聞いていたDの代わりに左手のしゃがれ声が口を開いた。 「お前ら二人とも死にに行く気か? 内乱真っただ中の外国に子供二人でか。命と精神力がいくらあっても足りんぞ。ずいぶん命が安いらしいの」 「D、確かにあなたにとってはそうかもしれないけれど、私は姫様のお願いを聞いたの。おともだちとして、そして家臣として。どうあろうとも私は任務を果たすわよ」 「任務を果たした所で、ゼロの汚名を返上する事はできんぞ」 若さの中に鋼の響きを交えたDの声であった。一切の嘘を許さないその声に、ルイズはかすかに声を震わせて答えた。 「分かっているわ。言ったでしょう? おともだちとして、家臣として、聞き入れたと。汚名を返上する為ではないの。そうでしょ、ギーシュ」 「……いや、実は、ぼくはちょっとそーいうのも、あるかなあ、と」 「ぬあんですってえ?」 般若も青褪めて逃げ出しそうな顔と声に変わったルイズの形相に、ギーシュはさっと顔色を青く変えた。本気で怒らせた父よりも怖い。 軍の元帥とあって威厳も迫力もたっぷりな父が怒ると、すぐそばに雷が落ちた様に恐怖に震えるのだが、今のルイズは氷の海に突き落とされたように背筋を震わせる恐怖の塊であった。 「いや、あのね、ぼくは四男坊だから家督を継ぐわけでもないし、かといって上の兄達に不幸があればいいなどとは思わないしね。 それにアルビオンの話が本当ならいずれ武勲に恵まれる機会もあるかもしれないけどさ、ほら、姫殿下にぼくの顔と名前を覚えていただくのは損な話じゃないだろう? それに、トリステインでもっとも美しい白百合か白薔薇の如き姫君の為に働ける事は、トリステインの男としてこの上ない名誉だよ。誉れだよ。誰かに口にする事は出来なくとも、生涯自分自身に誇れるからね」 「どいつもこいつも浮かれておるのう。なんじゃ、またわしらにケツを拭いてもらえると期待しておるのか? だとしたら甘い、甘いぞ。なんでそんな危険な真似に付き合わなければならんのだ。いくら使い魔でも限度はあるぞ」 「いいえ。D、今回ばかりは貴方を無理に連れていくとは言いません」 きっぱりと言い切るルイズに、ギーシュがおや? という顔をした。今、ルイズは何と言っただろうか。この中で最大戦力である使い魔を連れていく気はないと言わなかっただろうか? 「D、貴方には本当に良くしてもらっているわ。本当なら、貴方はわたしなんか気に掛ける暇なんてない人なのでしょう。それ位は私も分かるわ。そんな貴方を元の場所へ返すという約束を今も果たせていないけれど、せめて貴方に命の危険を負う様な真似をさせないくらいの事はさせて。フーケの時だってそうだったけれど、今回は比較にならない。 ここに姫様から頂いたお金と貴方から借りた黄金があるわ。節約していれば食べるのに困る事はないでしょう。私に無理に付き合わなくていいのよ、ね?」 「使い魔の契約はどうする?」 「契約が生きている間は新しい使い魔を召喚できないけれど、それだけの事よ。貴方が特に困る事はないはずよ。それに、もしこの任務の最中に私が死ねば、その契約も解けるはずよ」 ギーシュが、はっとした顔に変わった。そうだ、ルイズが死ねばDは使い魔の契約に縛られる事はない。 Dが特に使い魔としての扱いに不平不満を述べた事が無いから疑問に思わなかったが、むしろDにとってはルイズが死んだ方が都合がいいのではないだろうか。 Dを見つめるルイズとギーシュの前で、Dはルイズが机の上に置いた革袋を手に取った。Dが辺境のダラス金貨を溶かして作った黄金と、アンリエッタが用意した宝石や金貨の詰まった革袋だ。 ずしりと手の中に重みが伝わってくる。Dはそれをパウチの中にしまった。まさか、とギーシュが口を開きかけて止めた。誰よりもそう思っているのはルイズ自身だろう。ルイズは唇を固く閉ざしたまま、Dの姿を見ていた。 鳶色の瞳に揺れるのは不安か、恐怖か、口にした言葉への後悔か。それとも、別離への悲しみか。 踵を返し部屋の扉に手をかけたDに、ルイズが声をかけた。震えている。精一杯に押し隠して、それでも抑えきれない声。 「D、今までありがとう」 「達者でな」 それだけを告げて、Dは開いた部屋の扉を閉じた。 前ページ次ページゼロの魔王伝
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前ページゼロの使い魔人 「土くれのフーケ! 貴族達の財宝を荒らしまくっているという盗賊か! 魔法学院にまで手を出しおって! 随分と舐められたもんじゃないか!」 「衛兵は一体、何をしていたんだね!?」 「衛兵なぞ当てにならん! 所詮は平民ではないか! それより当直の貴 族は誰だったんだね?」 ――多事多端な夜が明けたトリスティン魔法学院であったが、事態は何一 つ進展も沈静化もしていない。 むしろ火に油を注ぐというか、グダグダ化の一途を辿りつつあった。 現に今も、犯行現場となった宝物庫の前で雁首揃えた教師陣が騒ぎ立てて いるだけ。 これからどうするか、を論じるどころか、各々何ら意味を持たない雑言を 言いたい放題垂れ流し、そして責任を押し付けるべき相手を探し出す始末 である。 その槍玉に挙がったのは、本来なら不寝番として当直にあたるべきだった 中年の女性教師である。 「ミセス・シュヴルーズ! 当直はあなたなのではありませんか!」 と、さっそく教師陣の一人が金属的な喧しい声を張り上げ、吊るし上げに かかる。 問い詰められた側というと、ひとしきりおたおたして言い訳を並べた後で やおら俯き啜り泣きを初め、先の教師は嵩に掛かって難詰の勢いを強めて いた所。 「これこれ、そう女性を苛めるものではなかろうて」 緊張感やら謹厳さを欠いた口調と表情で、学院長である老魔術師がその場 に現れる。 「しかしですな! オールド・オスマン! 彼女は昨晩の当直でありなが ら、自室でぐうたら高鼾をかいていたのですぞ! その責任を問わないで、 どうするというのです!」 自分の言葉に興奮し、声量と勢いを強める教師に対し、オスマン氏はとい うと片手で髯を弄りながらその顔を眺めつつ、おもむろに口を開いた。 「まあ……、責任の所在はともかくとしてじゃな、一つ私からも皆に問お う。――彼女を責めてはおるが、ならばその当直の任をただの一度も休む 事なく、忠実に果たしたと胸を張って言える者は、諸君らの中におられる のかな?」 言いつつ、オスマン老が居並ぶ教師らを見回したのに対し、まともに視線 を合わせたり声を上げる者は無かった。例の教師も不本意そうに口元をも ぐつかせるに留まっている。 「さて、声ばかり大きいがこれが現実じゃな。この中の誰もが……、無論 私も含めてじゃが……、よもやこの魔法学院が賊に襲われるなどとは、夢 にも思っておらなんだ。此処にいるのは殆どがメイジじゃからな。誰が好 き好んで、竜の巣に潜り込むのかという訳じゃが……。いやはや、ごらん の有様だて」 オスマン老はまず教師達に、そして壁に穿たれた大穴へとその視線を移す。 「我々の油断と驕りじゃろう。それが賊をここに忍び込むのを許し、むざ むざ『破壊の杖』を奪われる事につながったのじゃ。責任があるとするな ら、我等全員にあるといえるじゃろう」 それを聞くや、それまで床にへたり込んで泣きじゃくるだけだったシュヴ ルーズ教諭はオスマン老に縋り付き、目やに下げた老はセクハラに走った りといった馬鹿な一幕があったものの、それはさておき……。 重々しさを装った咳払いの後、オスマン老は一同を見やる。 「――それで、犯行の現場を見ていたのは誰かね?」 「は。この三人です」 と、コルベール教諭がそれまで自分の脇に控えていたルイズにキュルケ、 そしてタバサらに前に出るよう促す。一応、龍麻も目撃者としてルイズの 背後に立ってはいたが、員数外と見做されていた。 「ふむ……。君たちか」 「……………」 オスマン老は、ルイズらを流し見たのに続いて龍麻に視線を止め――過去 の経験から、老獪な人物の言動やら雰囲気等に対して、些か用心を抱かざ るをえない心境にあるので――その視線に対し、龍麻は無表情を保つ。 「詳しく説明したまえ」 ルイズが一歩前に出ると、一部始終を述べる。 「あの、大きいゴーレムが現れて、此処の壁を壊したんです。肩に乗って た黒いメイジがこの宝物庫の中から何かを……、その『破壊の杖』だと思 いますけど……、盗み出した後、またゴーレムの肩に乗りました。ゴーレ ムは城壁を越えて歩き出して……、最後には崩れて土に戻ってしまいまし た」 「それで?」 「後には、土しかありませんでした。回りを捜しまわってはみたんですけ ど、肩に乗っていた黒いメイジは、影も形もなくなっていました」 報告を聞き終え、オスマン老は唸り声を洩らしつつ、顎鬚をしごく。 「後を追おうにも手掛かりはナシ、という訳か……」 呟いていた折、ふと何かに気付いたか手を止めて、周りを見回した。 「所で、ミス・ロングビルはどうしたかね?」 「それがその……、朝から姿が見えませんので」 「この非常時に、何処に行ったのじゃ」 「ええ、どうしたんでしょうか……」 等と話していた所に、よく通る声で「済みません」や「通してください 」といった言葉が人垣越しに聞こえた後、件の女性が一同の前に現れた。 彼女に向かい、泡を食って事の大きさをまくしたてるコルベールだった が、それには同調せず儀礼的に一礼しつつ、上司たる学院長に向き直る。 「遅れて申し訳ありません。朝から急ぎ調査をしておりましたの」 「調査?」 「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして宝物 庫はこのとおり。壁に書かれたフーケのサインを見つけたので、これが 国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査に掛 かりました」 「仕事が速いのう。ミス・ロングビル」 オスマン学院長が呟く横で、コルベールが忙しなげな調子で続きを促す。 「で、結果は?」 「はい。フーケの居所がわかりました」 それを聞いてコルベールが調子っ外れな声を上げたのを皮切りに、周り の面子も色めき立つ。 「誰に聞いたんじゃね? ミス・ロングビル」 「はい。近在の農民に聞き及んだ所、近くの森の廃屋に入っていった黒 ずくめのローブの男を見たそうです。おそらく、彼はフーケで、その廃 屋はフーケの隠れ家ではないかと」 「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」 其処まで聞いて、ルイズが声を張り上げる横で、学院長は目を細めて表 情を引き締める。 「そこは近いのかね?」 「はい。徒歩では半日。馬なら四時間といった所でしょうか」 続く説明を聞きながら、龍麻の表情に思惟と不審の色が浮かんでは消え ていく。 ――だが。一介の平民でしかも使い魔に過ぎない彼を顧みたり、表情の変化 に気付いた者はこの場には居なかった……。 「すぐに王宮に報告しましょう! 王室直属の魔法衛士隊に頼んで、追 っ手を差し向けてもらわなければ!」 勢い込んで叫ぶコルベールだが、言い終わらぬ間に倍するボリュームで オスマン氏の怒声が響き渡った。 「馬鹿者! 王宮なぞに知らせている間にき奴めは逃げおおせてしまう わ! その上……身に掛かる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ! 我が学院の宝が盗まれた! これは魔法学院の問題じゃ! 当然我等で 解決する!」 老魔術師は昂然たる口調と態度で宣言すると、咳払いに続いて教師陣一 同を見回す。 「では、この中より捜索隊を選抜するが……。我こそはと思う者は杖を 掲げよ」 その声が聞こえない訳が無いだろうに、先程までの剣幕は何処へやら。 それに応じようとする者は現れない。 「おらぬのか? おや? どうした! かの者を捕らえ、名を挙げよう と思う気概を持つ貴族はおらぬのか?」 静まりかえる中、学院長の声ばかりが響く。 学院長からの視線を向けられるとさり気無く、或いは露骨に上や下を向 く者を初め、無言で隣や前後の同僚と非友好的な押し付け合いをしてる 奴、黙ったまま熟慮している様に見(せかけてる)える手合い……。 (日和見かよ……。ま、名を挙げるより恥を掻きたくない。何より、大 言壮語して出張ったものの、取り逃がしたり返り討ちに遭った挙句、一 連の責任おっ被せられて干されちゃかなわん……。ってのが本音だろ うな) 先程の情報の中身について思案しながら周りを観察し、内心で意地の悪 い推論を龍麻が出したその時。 龍麻の前に立ち、其れまでずっと無言で頭を垂れていたストロベリーブ ロンドの少女が、その手に握り締めた杖を挙げた。 「ミス・ヴァリエール! 何をしているのです!? あなたは生徒では ありませんか! ここは教師にまかせて……」 「誰もあげないじゃないですか」 ルイズの行動に、シュヴルーズ教諭が驚き半分、後は懸念と諫止混じり の声を出したが、その“常識論”はルイズのさして大きくもないがはっ きりとした口調で切り返しに遭い、ぐうの音も出ず黙りこくる。 そしてそれ以外の教師連中はと言うと、ならば自分が行く……どころか、 何やら険のある視線と雰囲気を湛えて、一躍注目の的となった少女を見 やる。 と。その横で、また一つ杖が頭上に掲げられた。 「ツェルプストー! 君もかね!?」 意外さを隠さぬコルベール教諭の声に、キュルケは煩わしそうに前髪を 掻き上げながら答える。 「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」 そう啖呵を切った彼女の横で、更に杖を掲げる者が現れる。 「タバサ。あんたこそいいのよ。関係ないんだから」 傍らに立つ小柄な人影に向かい、キュルケが気遣うように声を掛けたの に、抑揚の無い声で答える。 「心配」 その声に感極まった様な表情を浮かべるキュルケ。やや遅れて、ルイズ もタバサの方に向き直り、ぎこちない笑みと共に礼を述べる 「ありがとう……。タバサ……」 (――考えてみりゃ、昔の俺達と今のこいつらがやろうとしてる事は、 大して変わらんじゃないか……。今にして思えば本当バカやってたと いうか、俺達を見てた天野さんやマリア先生辺りがどんな気持ちでい たか、解ったような気がする……) もし、時間を遡行する事が叶えば、当時の自分を思い切り張り倒して いただろうなと、龍麻は内心で猛省しつつ、一人バツの悪い思いをす る羽目になった。 ともあれ、目の前で繰り広げられる『誠に心暖まるやり取り』を見 やって、老魔術 師は髯を震わせて笑う。 「そうか。では君らに任せるとしようか」 「オールド・オスマン! わたしは賛成できません! 生徒たちをそ んな危険に晒す訳には!」 「ならば、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ?」 「い、いえ……、わたしは、こういった争いごとには経験がございま せんので……」 先程の女性教師が抗議の意を示したものの、矛先が自分に向けられる や、たちまち尻込みし、隅に引っ込んでしまう。 「彼女達は、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴ ァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」 それを聞いてキュルケやルイズは元より、教師連中までもが一様に驚 きと興味を込めた眼差しを向けるが、当人は表立った反応を示さず黙 然と立ち尽くしているばかりである。 「ミス・ツェルプストーも、ゲルマニアの優秀な軍人を多く輩出した 家系の出であり、彼女自身も炎の魔法に於いては、衆に抜きん出た腕 前を持つとの話じゃがのう」 社交辞令もあるだろうが、聞こえの良い語句を並べられ、キュルケは 自慢気に髪を掻き上げる。 そして、オスマン老の視線がルイズに移ると、褒められるのがさも当 然の様に当人は胸をそびやかすものの。 まず、さり気無く視線がルイズから逸れ、表情と表現の選択に難儀す る様な沈黙の後。 「その……、ミス・ヴァリエールは旧くは王室に繋がるヴァリエール 公爵家の息女であり、あー、その、なんだ、将来を嘱望されるメイジ だと聞き及んでおるが?しかも従える使い魔は……、平民でありなが らあのグラモン元帥の子息である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘し、 勝ったという噂だが」 しどろもどろな口調で話している所へ、横からコルベールが勢いこん で口を挟む。 「そうですぞ! 何せ、彼はガンダール……っっっ!?」 言い終るより早く、学院長が手にした杖がコルベール教諭の向う脛を 目立たぬ程度に強打し、彼は場所ならぬ舞踏を一人で演じる事となっ た。 そして咳払いの後、その場にいる全ての人間に向かい、オスマン学院 長は厳かともいえる声を発した。 「謙遜は無用じゃ。この三人に勝てるといえる者がいるのならば、前 に一歩出たまえ」 あの、責任云々を五月蝿く騒ぎ散らしてた教師も含めて、誰一人とし て学院長に異議を表す者は出なかった。 (ダメだこりゃ……。こんだけの大事があったってのに、いい歳こい ててしかも学院から給料貰ってる大人が誰一人動かない時点で、自分 等には身に掛かる火の粉を払う様な覚悟に意欲なぞ無いと、証明して るような物だろこれは……) 「我が学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」 ルイズ以下の三人は、生真面目な表情を作り姿勢を正し「杖にかけて !」と、同時に唱和するとスカートの裾を摘み上げ、恭しく例をする その後ろで。 龍麻も一応、儀礼的に頭を下げる事でそれっぽく見せたが、それは己 の表情を他者に見せない為であり、その心境は暗澹たるものであった。 もし人目が無ければ、片手で顔を覆って大仰な溜息をついていた事だ ろう。 (酷ェ話だ……。事態の収拾を自分らの子供とさして変わらんだろう、 生徒数人に丸投げしやがったよ……。よくそれで他人に対して、努力 と義務を期待するだなんて言えるなぁ……) 「うむ。では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的 地に着くまで温存したまえ。ミス・ロングビル!」 「はい。オールド・オスマン」 「彼女たちを手伝ってやってくれ」 脇に控える、自身の秘書に向かい指示を出す。 同行する以上、魔術師同士の戦いに巻き込まれる可能性と危険は大有 りだろうに、彼女はたじろいだり不平の色をまるで見せず、当たり前 のように頭を下げる。 「もとからそのつもりですわ」 ――それから数十分後。 四人は案内役であるミス・ロングビルが操る馬車の客となっていた。 尤も、馬車といっても屋根も座席もない荷馬車みたいなものだったが。 ……不意打ちなどがあった場合、即座に降りて対応出来るようにとい う考えの下である。 一行の間に物見遊山みたいな雰囲気は無く。ルイズは手にした杖をい じくり、タバサは分厚い本から一時も目を離さず、龍麻も毎度の結跏 趺坐の姿勢による錬氣を行っていた。 「だって、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょう?」 「ええ。ですが、オスマン氏は貴族だ平民だという事に、あまり拘ら ないお方ですから」 そして、やはり無聊を囲っていたキュルケは手綱を握っているミス・ ロングビルに何のかのと話しかけていた。 「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」 その話が、ミス・ロングビル個人の事に関わる流れになるにつれその 口数が減っていくのとは逆に、キュルケは興味の色も露わに言い寄ろ うとするがルイズがその肩を掴んで引き戻す。 「何よ。ヴァリエール」 「よしなさいよ。昔の事を根掘り葉掘り聞くなんて」 気分を害した表情を見せるキュルケに、ルイズもつっけんどんな声で やり返す。 「暇だからお喋りしようとしただけじゃないの」 「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくない事を無理 やり聞き出うとするのはトリステインじゃ恥ずべき事なのよ」 それに対して、直接言い返そうとはせず。キュルケはふん、と小さく 鼻を鳴し頭の後ろで手を組むと、荷台の柵に背中を預けた。 「ったく……、あんたがカッコつけたおかげで、とばっちりよ。何が 悲しくて、泥棒退治なんか……」 厭味をたっぷり含ませ、聞こえよがしにぼやくキュルケを、ルイズは ジト目で睨む。 「とばっちり? あんたが自分で志願したんじゃないの」 「あんた一人じゃ、ヒユウが危険じゃないの。ねえ、ゼロのルイズ」 「どういう意味よ?」 「いざ、あの大きなゴーレムが現れたら、あんたはどうせ逃げ出して 後ろから見てるだけでしょ? ヒユウ一人を戦わせて自分は高みの見 物。そうでしょう?」 (そうしてくれた方がずっと有難いけどな。ほぼ丸腰、実戦経験無し の人間に、「偉い奴こそ、一番に危険に立ち向かわなければならん」 なんつー戯言を馬鹿正直に実行されて、引き際や周囲の状況も顧みず 前に出てこられちゃ、堪ったもんじゃ無い) 「誰が逃げるもんですか。わたしの魔法でなんとかしてみせるわ」 「魔法? 誰の? 笑わせないでくれる!」 副音声で龍麻が呟く一方で、昨晩の舌戦が時間と場所を変え、再戦 の兆しを見せ出した。 「お前ら、かなり良家(いいトコ)の出なのに、二人して街中のガキ レベルの喧嘩するなよ……。それ人前でやれば、品格疑われるぞ。只 でさえ、色々気に食わない事があるってのに……」 聞くに堪えかねた龍麻が厭々ながら口を挟んだが、それはルイズの癇 癪を爆発させただけだった。 「何が気に入らない、よ! いい? あんたはわたしの使い魔よ! ご主人様に従うのが当然じゃないのよ!」 「……ちょっと落ち着いてくれ。俺が気に入らないってのは、そもそ もこの任務(クエスト)が実行される切っ掛けになった情報について の事で、あんたの護衛仕事が嫌なんじゃない」 手で押さえろ、という風な仕草をしながら話を続けようとした矢先に、 「それってどういう事よ?」 「それは、わたくしの話が信じられない、とでも言いたいのですか?」 畳み掛ける様に、ルイズとミス・ロングビルが口を挟んでくる。 「凄く長いが、それも含めて説明する。この件な、俺が駆け出しの頃 に関わった事件に似てる点があるし、考えてみたら状況的に噛み合わ ない事だらけでな……」 一旦、言葉を切るとそこから立て水の如く話し出す。 「昔、俺が通っていた学校にある競技で、優勝候補に挙げられるチー ムがあってな。そして近々大会が開かれようという次期のある日。そ この主力メンバー数名が、時間も場所もバラバラだが、一晩のうちに 襲われて大怪我をしたんだ。 不意の事で、反撃どころか犯人の人相や数に凶器とかも解らないまま、 一方的にやられたんでまともな手掛かりもロクに無いと来た。物盗り でもないし、誰かが恨みでも買ってたか? って線から地道に犯人捜 しに掛かろうって時に、現場にボタンが一つ落ちてた。 それも……、同じ大会に出る予定があって、もう一つの優勝候補と目 された学校の紋章が彫られた奴がな」 「ちょっと、それって……?」 「そ。単純に考えれば、ライバルを事前に蹴落として確実に勝つ……。 って言う事なんだろうが……、考えてみろ。『争った形跡は無いのに』 何故、『被害者達のモノ』じゃないボタンがその現場に落ちてたんだ? 普通、軽く引っ張った程度で取れる様な物じゃないぞ」 と、龍麻は皆に見えるように自分の服を捲り上げ、付いたボタンを指 で突いてみせる。 「第一、対抗馬がマトモじゃないやり方でコケた事で、真っ先に疑わ れるのは何処の誰だ? 仮にそのまま優勝できたとしても、不正がバ レた日にゃ団体にはキツい処分が下され、選手はそれで身を立てる事 は難しくなり、更には卑怯者の恥知らずとして延々と侮蔑と嘲笑の的 になり続ける……。ンな割に合わない事を本気でやらかす莫迦がいる か? ……実際、調べたら当の団体は全くの無実で、真犯人は外部の 人間だったけどな」 「……それで、あんたの昔話とこの事件が、どう関係するのよ?」 「確認するぞ。『朝から聞き込みに走って、近在の農民から、近くの 森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの“男”を見た』と、いう 話を持ち帰ったんでしたっけ? ロングビルさん」 「はい。その通りです。……それの何がおかしいのですか?」 彼女が頷くのを見て、龍麻はルイズを指差した。 「そして黒ずくめのローブを着てたって話だけで、フーケに違いない と、お前は決め付けたけどな。――黒ずくめのローブを引っ被ってた のに、目撃した奴はなんで男と解ったんだ? 歩幅や体格か? 声を 聞いた? さては容姿を目にした? 最後だとしたら、何でその詳細 が解らず、それを聞こうとしなかった? 昨日の晩は月が出て割と明 るかったが、名うての魔術師で泥棒な奴を相手に、只の農民がそうい うのが解る距離まで近寄れて、相手が無防備にそれを許したって状況 自体が凡そ信じられない。 もし、黒のローブを引っ被ってりゃフーケになる、つーなら何だ。昨 日の晩、あのデカブツを潰して俺達を撒いた後で、アレ作るのに要る だろう何分の一かの力で、以前のギーシュみたく等身大のシロモノを 作ってから、そいつにボロ布被せて力尽きる迄適当に歩かせるか、予 め小金掴ませて集めた町のチンピラヤクザにやっぱボロ布被せて、目 立つように彷徨つかせて囮にしてる間に本人は正反対の方角へ、逃げ 出すぐらいの事はやるだろうに。 で、特におかしいのが、その『目撃者』をじっとアジトらしいトコま でついて来させて、そのまま何一つ手を出さずに戻る事を只見過ごし た点だ。考えるまでも無く、命取りになりかねん事であって、そいつ がその足で官憲にタレ込んだ物なら、即追っ手が向けられて人生終了 のお知らせだ。 そもそも、素人に尾行けられてる事にさえ気付かないほど無用心で間 抜けな奴なら、城下町で噂になるまでも無くとっ捕まってるんじゃな いか?」 水が欲しいなと思いつつ、龍麻は速射砲の如く腑に落ちない点を列挙 していき、纏めに掛かる。 「ちょい私見も混じったけど、ともかく似てる点を挙げるとな……、 突然の事で、犯人を捜そうにも手掛かりは殆ど無く、手探りで始めな きゃならん所に、上手い事情報が転がり込んで来た。……けれど、だ。 情報の中身ときたらより犯人を絞り込むのに要る……さっき言った様 な……『次に』繋がる手掛かりの部分がすっぽり抜け落ちてるのに、 そのくせ単に聞くだけならこっちが欲しいモノ……動向や所在……が みな揃ってて、有力な手掛かりに思える。そう。都合よく答えが『与 えられてる』といった感じだ。 そういう点から見るとな。どうも、この目撃談は何らかの目的を持っ て、情報を得た側の行動や思考を一定の方向へと誘導させる様な意図 を含んでる様に思える。 『例えば』、手頃な情報をちらつかせる事で、俺達とその疑いを向け られた団体との間に不信を抱かせて、互いを潰し合わせようと企んだ 奴みたいに、な。 本当なら、その農民だけじゃなくもっと広範に情報を集めて、摺り合 わせる事で話の裏付けを取るべきなんだ。こうやって人手出す前にな。 ……正直、かなり罠臭いというか、最悪その目撃した奴自身がフーケ とつるんでいて、先の話をする様に予め仕込まれてんではないか…… っていう、可能性も有るんだ」 「……あんたねぇ。そんなんじゃ間に合わないって、オールド・オス マンがいってたでしょうが! いい? 使い魔なら使い魔らしく、そ のお喋りな口を閉じて、ただついて来ればいいのよ!!」 「けどな。これ以外にも馬で数時間、徒歩で半日って場所まで行った って割にゃ、朝起きて異変を知ってから調べに向かい、学院へと戻っ て来るのが早すぎだろう?その農民に、そして情報を持って帰ってき た当人もだ。この辺もまた、引っかかるじゃないか……」 「黙りなさい、といったでしょ! なによ、延々ともっともらしい事 を言ってるようで、実はねちねちミス・ロングビルの揚げ足取ってる だけじゃないのよ!」 ルイズは怒鳴り散らしながら立ち上がると、尚も食い下がる龍麻の鼻 先に杖を突き付け、権高に言い立てる。 「…………」 これはもう、どんなに下手に出ようとも以後の話は聞いて貰えはしな い、と見て取った龍麻は止む無く口を閉じる。 (参ったな……。そりゃ、推論ばかりで他人を納得させられるだけの 根拠に欠けるのは確かだけどな。だからって、この“情報”を鵜呑み にして、誰も内容や真偽について考えようとしないってのは、危なす ぎるぞ……) 己が見解を上手く周りに納得させられない、自身の迂闊さ加減に内心 嘆息しつつ、龍麻は片手でがしがし頭髪を掻き回す。 ――緩慢に揺れる馬車から見える、ただっ広い平原に小川。遠くに望 む山並みに雑然とした森林。たまに鳥の鳴き声。 牧歌的な風景といえば聞こえが良いが、実の所変化に乏しい単調な光 景に皆がいい加減飽き掛けた頃に馬車は街道を外れ、雑木林沿いに伸 びる細い脇道へと進路を変え。 やがて……その道は、生い茂る樹々の中に通じる人一人がどうにか通 れるといった感じのモノへと変わって行く。 「ここから先は、徒歩で行きましょう」 案内役の彼女の声に従い、馬車から降りた一同は森の更に奥へと足を 踏み入れる。 昼なお暗い鬱蒼とした森は人を拒むかのように静まり返り、木立に遮 られて陽光も充分に差し込まず、見通しはかなり悪い。 (真昼間でこれなら、夜は完全に闇一色だ。こんなトコで明かりを焚 きゃ一発で存在がバレるし、少々夜目が利こうと月や星明りだけを当 てにして歩くにも限度が有るぞ。これでどうやって気付かれずに、後 を尾行けるっていうんだ……?) 周囲の状況を観察し、龍麻が先の「証言」の信憑性に対する猜疑の念 をますます強めていた所に。 「なんか、暗くて怖いわ……、いやだ……」 そんな事を口にしつつ、キュルケは龍麻の腕に自分のそれを絡めて来 たが、それを素気無く振り払う。 「利き手を塞ぐな。いざという時に反応が遅れる」 「だってー、すごくー、こわいんだものー」 一本調子な声に、全く恐怖や怯えの色が無い表情で言われても、説得 力に欠けるという物だろう。 「お手々繋いで仲良しこよしがしたいなら、俺じゃなく他の三人とや ってくれ。そもそも、ンな事してる場合じゃないだろ」 つっけんどんな声で答える間にも、下生えや梢の合間を始め全周に視 線をやるのを止めない。 得物こそ構えてないが龍麻の精神に肉体も既に臨戦態勢に入っており、 不急不要の事に気を回してはいられないのだ。 ――誰も積極的に話そうとしない雰囲気の中、更に歩き続ける一行の 前の視界が急に開けた。 行く手には、サッカー場一枚程の広さを持つ更地があり、そこにひっ そりと吹けば飛ぶような小さいあばら家が佇んでおり、それと隣りあ う様に炭焼き用と思しき窯や、半ば壊れかけた納屋が建っている。 「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるそうです」 ひとまず、小屋に近い茂みに身を隠すルイズ以下五人。そして、ミス・ ロングビルは隙間から廃屋を指差して見せる。 「……で。今の所、目立った動きは無いけど、どう攻める? いっそ、 妙なマネされる前に此処から全員で一斉に魔術ぶっ放して、問答無用 で小屋ごと吹っ飛ばすか?」 相手がまだ、あの場所にいると仮定して対応を話し合う。 無論本気ではないが、極論を最初にぶち上げる事で、場の反応を引き 出そうとした龍麻に、一同から白い目が向けられはしたが。 続いてタバサが出した策は……、一名が先行して中の様子を探り、も しフーケが居れば挑発なり威嚇攻撃を仕掛け、フーケを屋外へと引っ 張り出す。しかる後、奴が例の巨大ゴーレムを作り出す前に全員が一 斉攻撃を浴びせ、仕留める……。と、いった内容であった。 「他に意見の有る者は? ……仮に其れで行くとして、肝心の“火中 の栗”拾う役は誰だよ?」 当然の疑問を龍麻は口にし、タバサはそれに答えて曰く、「すばしっ こいの」。 四対の視線が、一斉に一名……自分から地雷踏みに行った粗忽者…… を刺し貫く。 「やっぱ俺かい。……肉体運動に頭脳労働もやって、ギャラは同じ…… どころか無し。やってられんね」 前世紀のギャグを口にしつつ、手短に以後の段取りを付けてから中腰で 立ち上がると極力姿を見せぬ様、周囲の木々に紛れながら龍麻は小屋ま での距離を詰める。 ――相手が此処に居るという情報自体が眉唾物だし、又は何らかの魔術 で鳴子みたいな仕掛けが用意されていて、既に自分らの存在が筒抜けに なっているかも知れないが、其れでも正面からノコノコ近寄る様な真似 は憚られたのだ。 身を低くして力を溜め、物陰から一気に飛び出す。そのまま小屋の外壁 に取り付くと、身を寄せて内部の気配を探る。 ……数秒後。匍匐で窓へとにじり寄ると、キュルケから借りた手鏡を使 い室中の様子を映し見る。 ――薄汚れた床と、粗末な椅子とテーブル。表面には随分と埃が溜まっ ており、長らく人の手が入ってない事が伺える。 部屋の隅には朽ちた暖炉と、やはり腐りかけた薪が無造作に置かれ、空 の酒瓶が数本転がっている。それ以外には……、木で作られた雑具箱が 有るぐらいか。 室内には人どころか鼠一匹居らず、身を隠せるような場所も見受けられ ない。 (空城、か。こっちの行動が遅きに失したっていう線も完全には消えち ゃないが、やっぱガセネタ掴まされたかね……。これで手ぶらで帰った 日にゃ、日和見ってた奴らがこれ幸いとばかりに叩きにくるだろうな……) 皆がいる方へと向き直り、片手を挙げて先に決めた手筈通りに合図を送 ると物陰に潜んでいた面々が、おっかなびっくりな様子で近寄ってくる。 「空振りだ。まあ、魔術で何か『置き土産』を用意している可能性もあ るが、俺には解らん」 タバサが前に出ると、短い詠唱に続いてドアに向かい杖を振る。 「ワナはないみたい」 呟くとドアに手を掛け、中へと滑り込む。 「わたしは外で見張ってるわ」 「それなら、わたくしは周りを偵察してきます」 ルイズに続き、ロングビルも言うなりそそくさと動き出す。 「待った。単身では拙い。誰かと一緒に行動した方がいいのでは?」 その背中に向かって、龍麻は声を掛けたものの彼女は、顔だけを向けて 小さく笑っただけで、そのまま森へと入ってしまった。 そして、その場に残った面子はフーケがいた痕跡なり、手掛かりを見つ ける為の家捜しに取り掛かったが。 「破壊の杖」 どれ程もしない内に、いきなりタバサが『当たり』を引いた。 あの雑具箱に押し込まれていた件の一品を手にすると、皆に見える様に 頭上に掲げたのだ。 「あっけないわね!」 拍子抜けした表情でキュルケが叫び、 「――おかし過ぎる。あれだけ荒っぽい真似をしてまで奪ったモノを、 本人が不在なのにまるで隠そうとせず、どうぞ見つけて下さいとばかり に放置するか普通? こんな真似をして、野郎に一体どんな得が有るっ ていうんだ?」 予想の斜め上を行く現況に、深刻な疑義を抱きぶつぶつ独り言をこぼす 龍麻だったが、それも『破壊の杖』を見るや雲散霧消してしまった。 「……………。って、二人共。まさかと思うが、そいつが『破壊の杖』 で間違い無いのか?」 「そうよ。あたし、見た事あるもん。宝物庫を見学したとき」 目を“それ”に釘付けにしたまま、唖然とした面持ちで尋ねる龍麻に、 キュルケは頷き答える。 (いや待て。慌てるな。まだ本物だという確証は無いぞ。というか、 何でまたこんな危険ブツが、こんなトコに宝物扱いで伝わってるんだ !? 冗談にしても性質が悪す……) 「きゃぁあああああ!」 だがしかし。背後から俄かに響き渡った悲鳴に、この場で一人思考の 淵に居座る様な暇は与えられなかった。 「―――ッ!?」 反射的に顔を上げ、片足を軸に入り口側に振り返った瞬間。落雷の様 な異音と共に、小屋の屋根自体がごっそり吹き飛び、撃砕された。 細かい破片と塵埃が落ちかかる中、垣間見える程々に晴れた空。 そして――。視界を覆いつくさんばかりに屹立する影は、全員が見知 ったるモノだった。 前ページゼロの使い魔人
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 「貴方達!無断で学院を抜け出すなどして!!駄目ではありませんか!」 ハルケギニア大陸のトリステイン王国。 その一角にある森の真ん中に出来た空き地でコルベールが正座しているルイズ達に説教していた。 右から順にルイズ、キュルケ、タバサと並び顔を地面の方に向けてジッとこらえている。 先ほどコルベールが怒り出して説教を初めてから五分くらい経過していた。 親からの折檻をまともに受けたことがない貴族の子ども達にはかなり辛い物である。 その様子を霊夢とシルフィードは小屋の傍でじっと見ていた。 霊夢は学院の生徒ではないため折檻されることは免れている。タバサの使い魔でもあるシルフィードも同じだ。 彼女は隣にいるシルフィードを背もたれ代わりにし、じっと説教に耐えるルイズ達を見ていた。 やがてコルベールの説教は開始から六分経過というところで終了に至った。 やっと解放された三人は大きく深呼吸をし、肩の力を抜いた。 「さてと…次にあなたに質問ですが…一体ここで何をしていたのですか?」 コルベールは霊夢の方に顔を向けると質問を投げかけてきた。 「ちょっとした調べ物よ。あぁ、情報を持ってきたのはそこのキュルケね。」 霊夢はキュルケを指さしながらそう言うとコルベールはキョトンとした顔になった。 ◆ 「つまり…。あなた達は暇でしょうがないから宝探しにやってきたと?」 「そ、そうですミスタ・コルベール…」 小屋の入り口でルイズから詳しい話を聞き、コルベールは暗い小屋の中を見渡す。 確かにこの様な暗い場所ならちょっとやそっとの場所に隠したら並大抵には見つからないだろう。 「しかしあなた達の宝探しは見逃せませんな。どうして無断でこんな事をしたのです?」 「そ、その…この地図に書かれている宝はなんでも凄い力を持っているそうで…。」 キュルケはそう言うと懐にしまっていた地図を取り出しコルベールに見せた。 コルベールは地図を受け取るとそれを広げ、詳細を確認する。 「……ふむぅ、その者が望んだ場所へ行けるマジックアイテムとな。私も少し見てみたい気もする。 確かに小さい頃にこういう事をしていれば将来のためになるかもしれない。だが、そういうのは休みの日などにしなさい。わかりましたか?」 ルイズ達は「ハイ」と呟き項垂れてしまった。コルベールはそれを見た後小屋の中へと入っていった。 霊夢はとりあえずもう一度小屋の中に入ろうとしたとき、中からコルベールの叫び声が上がった。 叫び声を聞いたルイズ達は小屋の中に入った。するとそこには腰を抜かし尻もちをついているコルベールがそこにいた。 「どうしたの、足に古釘が刺さった?」 本当なら冗談ではすまない事を霊夢が言うとコルベールは机に置かれているモノを指さした。 「あ…あ、あ、あなた達…これを何処で?」 机の上には黒光りする箱が置かれており、言いようのない重厚感を醸し出していた。 箱を見た霊夢はあぁ、これ?と言い、説明した。 「さっき床下からそれを見つけたのよ。早速開けようと思った矢先アンタが来て…。」 霊夢の言葉を聞きコルベールは大きなため息をついた。 「い、いや…開けていないのですね…良かったぁ~。」 「一体この中に何が入っているのよ?よっぽど大事そうな物に見えるけど。」 霊夢が興味深そうにそう言うと机の方に近づき、箱のフタを思いっきり開けた。 中に入っていたのはこれまた霊夢やルイズ達が見たことのない奇妙な代物であった。 それは緑色の円柱であった。材質は金属類に見える。 幻想郷には時折外の世界から流れてくる物もある、以前には白黒のボールなんかもあった。 しかし今目の前にある筒は霊夢が生まれてこの方見たことがない物である。 「これは一体何なの?」 霊夢の質問にコルベールは破壊の杖をあちこち調べながら答えた。 「マジックアイテムの一種で、『破壊の杖』と呼ばれる物です…。でも、まさか私の生徒がとっくに見つけていたなんて…。」 コルベールはそう言うと安堵の表所を浮かべた。 それに異常がないことを確認すると、すぐさま蓋を閉め、コルベールは『破壊の杖』が入った箱を腋に抱えた。 大事そうに抱えているコルベールを見て、入り口の方でジッとしていたキュルケが口を開いた。 「ミスタ・コルベールはどうしてそんな物を探していたんですか?」 「これは仕事ですよ?決してサボりではありません。というかまだあなた達はいたんですか?早く帰りなさい!」 タバサはともかくとしてキュルケとルイズはそれに不満なのか、あう~と呻き、コルベールに食い下がった。 「あう~、でもレイムが―――イタッ!?。」 駄々をこねる傍に寄ってきた霊夢がルイズの頭を引っぱたいた。 「先生が言ってるんだからアンタたちは帰りなさい。後は私一人で探すから地図は置いていってよね。」 「あ…アンタ、部屋を貸してあげてるのによく私の頭を――――」 ド ゴ ォ ォ ォ ン ! ! ! ! ! 突如外の方からもの凄い音が聞こえてきた。 小屋の外近くにいたルイズ達は思わず声を上げ、コルベールに声を掛けた。 「み、ミスタ・コルベール!外に巨大な…ゴーレムが!?」 それを聞いたコルベールは窓から外の様子を見た。 外には30メイルもの大きさを誇るゴーレムが馬車の荷車部分をまるで玩具のように片手で掴んでいた。 「なんだと…いかん、あそこはミス・ロングビルがいた場所じゃないか!!」 コルベールがそう叫ぶとゴーレムがこちらの方に顔を向け、手に持った荷車を投げつけてきた。 咄嗟に霊夢は近くにいたルイズの腰を掴み、小屋の外へと勢いよく飛び出した。 コルベールもタバサとキュルケに急いで出るように指示し、自身もマジックアイテムが入った箱を抱え、急いで小屋から出た。 投げられた荷車は見事小屋に激突、勢いもあってか凄まじい音を立てて小屋は倒壊した。 咄嗟に身を伏せたコルベール、キュルケ、タバサ達は体の上に材木や泥土が降り積もるだけで済んだ。 最も悲惨な目にあったのは霊夢に掴まれていたルイズだった。 空中へと逃げたた霊夢はルイズを掴んだまま飛んでくる障害物を華麗にかわした。 霊夢は平気であったがしかしルイズはそうもいかなかった。 「ちょっ…!?落ちるっ……てうわぁ!!」 ルイズがもう少し年をとってれば後日、腰痛と関節痛で悩んでいただろう。それほど激しい動きであった。 障害物の波が終わった後、霊夢は腰を掴んでいた両手をパッと離した。 解放されたルイズは地面に横たわった。 「もう、二度とこんなのは御免だわ…。」 その後立ち上がったコルベール達が心配そうな顔で二人の方へと近づいた。 「二人とも、大丈夫か!?」 「えぇ、全然余裕よ。けど…あっちのデカ物は逃がしてくれそうにないわね。」 霊夢はそう言うと背負っていた筒を地面に下ろし、左手で懐に入っている札を取りだして後ろを振り返る。 後ろではあの荷車を投げたゴーレムが大きな地響きをたててこちらに近づいてきていた。 先程の攻撃から考えればあのゴーレムのパワーは凄まじいであろう。 「全く…一体誰があんなのを作ったのよ?」 「あれは恐らく、土くれのフーケの仕業に違いない。」 霊夢の言葉にコルベールが即座に答えた。 「フーケぇ…誰それ?」 聞いた事のない名前を聞き、霊夢はコルベールの方へ顔を向けた。 「トリステインを差騒がせている盗賊さ。風の噂ではかなりの土の使い手だと聞いたが…噂通りとはこういうのを言うのだろうな。」 「要は物盗りって事?それならあの大きさはどうなのかしらねぇ?」 霊夢が暢気そうに呟くとコルベールも今まで下げていた杖をゴーレムの方へと向け、手の中に汗が溜まるのを感じた。 キュルケとタバサも杖を取り出しゴーレムの方へと向けようとするが前にいるコルベールに制止される。 「ミス・タバサ。君の使い魔でミス・ツェルプストーを連れて学院へ戻りなさい。そしてすぐに学院長に救援をよこしてもらうよう、頼んでくれ。」 その言葉を聞き、タバサは数秒間考えた後、コクリと頷くと口笛を吹いた。 口笛を聞き、上空に避難していたシルフィードが鳴き声を上げタバサ達の許へと降りてきた。 素早く背に跨ったタバサを見て、キュルケはゴーレムとシルフィード両方を見比べ、結果シルフィードの背に跨ることを選んだ。 それを見たコルベールは頷くと、ゴーレムを鋭い目で凝視している逃げるようにも言った。 「レイム、君もミス・ヴァリエールと一緒に逃げてください。ゴーレムは私が引きつける。」 しかし霊夢は首を横に振ると一歩前へと歩み出た。 「そうしたい所だけど今回はそうもいかないわ、だってそのフーケとやらが…」 そう呟くと霊夢は後ろにある潰れてしまっている小屋を頭の中で思い浮かべる。 「折角の手がかりを潰してくれたのよ。」 霊夢はそう言うとコルベールが制止する前に飛び上がり、ゴーレムの方へと向かっていった。 突如前に出てきた霊夢を敵と認識したゴーレムは右の拳を素早く振り下ろした。 「単純な攻撃だわ、性能はあのギーシュとかいうのが出してたのと大差ないわね。」 その攻撃を横へ飛んで避けた霊夢は余裕満々にそう言うと持っていた札を空振りしたゴーレムの右手へと投げた。 一直線に飛んでいく札はゴーレムの腕に着弾したと同時に大きく爆ぜ、それが一気に連続して続いた。 攻撃をまともに食らった右腕はしかし、大したダメージはなかったがまだ霊夢の攻撃は終わっていない。 次に左手に持った札を扇状に飛ばし、ゴーレムの胴体に直撃させる、がこれもまた大した効果は得られていなかった。 「でも防御力は並じゃないかぁ……よし。」 ならばと霊夢はゴーレムの顔付近にまで一気に飛んでいくと一枚のカードを懐から取り出した。 それは『スペルカード』と呼ばれる物で、幻想郷での決闘ルール「スペルカードルール」に用いる技や契約書の総称である。 主に『弾幕ごっこ』という人妖同士の決闘で使われる物だ。ちなみに霊夢自身もこのスペルカードには一枚噛んでいる。 だがそれはあくまで幻想郷の中でのルール、ここハルケギニアではスペルカードは必要のない物だ。 しかし霊夢は、あくまでスペルカードルールに従いフーケのゴーレムを倒すと心の中で決めた。 最も霊夢自身、まさかこんな異世界で使う羽目になるとは思ってもいなかったが…。 ―霊符― ―――『夢想妙珠』― それを発動したと同時に霊夢の周りに赤、青、緑、黄色といった様々な色をした大きな光弾が現れた。 地上にいた二人はその光景に目を丸くした。 「み、ミスタ・コルベール…!あれは一体なんですか!?」 ルイズは色とりどりの光弾に釘付けになりながらもコルベールに聞いてみた。 「わからん、あんなのは今まで見たことがない!あれは先住魔法とでも…?」 コルベール自身もあの様な魔法は見たことが無く、適当にそう答えることしかできなかった。 そして、今まさに飛ばんとしているシルフィードの背に跨ったタバサとキュルケも目を丸くしていた。 「た、タバサ…アレ見てみなさいよ。」 タバサはずれた眼鏡を直すことも忘れ、未知の力に驚愕していた。 今まで多くの強敵と裏で戦ってきたタバサではあるがあのような力は見たことがなかった。 出現した夢想妙球はふわっとした感じで浮きつつも、素早くゴーレムの所へ突っ込んでいった。 避ける暇もなく、一発二発と色鮮やかな光弾がゴーレムに直撃し、ものスゴイ砂塵を巻き起こした。 その砂塵は全てゴーレムの体を構成している岩が、破壊力抜群の光弾によって砕けて出来たモノである。 霊夢が手に持っていたスペルカードを懐にしまい直した後、砂塵が風に吹かれて空へと舞い上がっていく。しかし―― 「ん…――――――っ!?」 突如ボロボロの巨大な右腕が霊夢を掴んだのだ。 砂塵が完全になくなった後にあったのは、体中がボロボロになったゴーレムが健全として立っている。 少し足りなかったと霊夢が思っていると、ゴーレムの体が盛り上がり傷つけられた部分が直っていく。 (コイツ…自己再生とはまた…。) 自己再生自体は基本珍しくもない、それなりに力のある妖怪なら造作ないことである。 やがて数秒も経たぬうちにゴーレムの体は無想妙珠を喰らう前の状態になり、霊夢を掴んでいる右手を思いっきり振り上げる。 その次にこの無機物の塊が何をするのかすぐに断定した霊夢は少しだけ目を丸くする。 「あちゃ~、ここから思いっきり叩きつけられたら流石にやばいわね。」 暢気そうにそう呟いた直後、霊夢を掴んでいたゴーレムの右手の甲を巨大な氷の矢が切り裂いた。 突然の攻撃にゴーレムは咄嗟に右手の力を緩めてしまい、霊夢はすぐに脱出した。 どうやら先程氷の矢を放ったのは、目の前にいるシルフィードの背に乗ったタバサであった。 彼女は霊夢が脱出したのを確認すると此方の方へ近づいてくるゴーレムの右手に遠慮のない弾幕を浴びせる。 弾幕と言ってもただ単に氷の矢――ウィンディ・アイシクルを多数出現させて飛ばすだけである。 ただそれでも効果があり、ゴーレムの右手は氷の矢に切り裂かれ、あっという間にボロボロになってしまった。 だがそれもつかの間であり、ゴーレムの右手はまたもや再生をし始めている。それを見たタバサは顔を微妙に顰めた。 それを横で見ていた霊夢も同時に顔を顰めている。 「キリがない…。あの光の弾よりも更に威力の高い攻撃が必要…あなた、もう一度打てる?」 ふと、タバサがそう呟き霊夢の方へと顔を向けた。 さしずめ先程のスペルカードよりも威力の高いものを期待しているのだろう。 「そうねぇ…、確かにまだ強力なのがまだあるけど使うのは少し勿体ないし…ちょっとアレを試しに使ってみようかしら?」 霊夢が苦笑しつつもそうぼやくと地上に置いてきた黒筒を思い浮かべる。 どうして「アレ」がこんな異世界にあるのかはよく知らないが丁度良い。 今すぐにでも使えるし、何より神社に置きっぱなしにしているのよりずっと良い物なので持ってきた甲斐があった。 「ちょっと置いてきた自分の武器を取ってくるから、アンタ達はあれを足止めしてくれない?」 霊夢はキュルケ達の方へと顔を向け、ゴーレムを指さしながら言った。 キュルケはあの巨体を見て一瞬だけ嫌そうな顔をするが杖をゴーレムの方に向けた。 「う~ん、しょうがないわね。一分だけよ?」 「もう魔力の残りがない、なるべく急いで。」 続いてタバサも下ろしていた杖をゴーレムの方に向け詠唱を開始する。 そんな二人に霊夢は軽く手を振ると急いでコルベールとルイズが居る場所へとすっ飛んでいった。 「おぉレイム、良く無事だった!」 地上へと降りてきた霊夢を見て少し安心しているコルベールを無視し、 彼女は先程の黒筒の中に入っている「アレ」を取り出そうとして、いまこの場に残っている後一人がいないことに気が付いた。 「あれ?ルイズは何処言ったの?」 コルベールも霊夢の言葉でそれに気づき、辺りを見回した。 そして自分の足下にあった箱の中身が消えているのに気が付き、更にルイズが今どこにいるのか知った。 「え…?…おぉっ!?大変だ、ミス・ヴァリエールがあんな所に!」 「ハァー…ちょっとアイツ、何やってるのよ?」 「何をしているんですか、ミス・ヴァリエール!こっちへ戻ってきなさい!!」 阿呆としか思えないその行動に霊夢は戦いの場にも拘わらずため息をついて呆れた。 一方のコルベールは暢気な霊夢とは反対に声を荒げ叫ぶ。 コルベールが指さした先にいたのは、ゴーレムの足下で学院の財宝である『破壊の杖』をブンブンと振り回しているルイズがいた。 一方のルイズは、いつ踏みつぶされるかも知れない恐怖をこらえて一生懸命『破壊の杖』を振り回していた。 「この…この!名前に杖が付いているならちゃんと魔法を出しなさいよコレ!」 ルイズは先程の霊夢のスペルやタバサ達の戦いを見て、自分も杖を手に戦おうとした。 しかし、さきほど小屋から脱出した際に何処かへ吹っ飛んでしまったのかルイズの手元には無かった。 仕方なく、先程コルベールが言っていた『破壊の杖』を無断で拝借し、危険を承知でゴーレムの足下までやってきたのである。 いつもなら魔法の代わりに爆発したりするのだが、今回はそれすら起こらない。 だがルイズは諦めず、壊れたように詠唱を続け破壊の杖を振り回す。 「なんで…なんで何も起こらないのよぉ!!」 やがて堪忍袋の緒が切れたのか、ルイズは涙目になりながら破壊の杖を荒々しく足下に投げ捨てた。 ルイズは嗚咽を漏らしながら、その場にペタリと座り込んでしまった。 (結局、私はゼロのルイズなの…?結局は……。) 「もう駄目…魔力が無い。」 「こっちもそろそろ終わりそうね…たくっ!あの紅白は何やってるの…?」 タバサとキュルケの力もほぼ無いに等しく、ゴーレムは殆ど無傷であった。 二人の攻撃は凄まじかったがゴーレムの再生能力はそれらを全て凌駕している。 当然空中で戦っている為、今ルイズが何処にいるのか知らない。 魔力が切れるのを待っていたのか、ゴーレムはシルフィードをその手で執拗につかみ取ろうとし始めた。 「シルフィード、離脱して。」 主の命令にシルフィードは素直に従い、素早くその場から離脱した。 やっと安全になったと思い、杖を戻したキュルケは地上にいるゴーレムの足下を見て驚いた。 なんとそこにあのルイズが杖みたいな物を足下に置いて蹲っていたのだから。 上空にいる二人もそれに気づいた時、ゴーレムもやっとこさ足下にいたルイズに気づいたのか、片足をゆっくりとあげ始めた。 だれがどう見てもゴーレムがルイズを踏みつぶそうとしているのは明確である。 コルベールは杖を向け詠唱しようとする。が、間に合いそうにもない。 キュルケも残り僅かの魔力を振り絞りなんとかルイズが逃げれる時間を作ろうとしているがゴーレムの動きは速かった。 ブォン!と風の切る音と共に上げられていた大きな足を地面にいるルイズ目がけて勢いよく下ろした。 轟音、衝撃と共に大きな土埃が辺りに飛び散り、土埃の所為でコルベールは詠唱を中止し、ローブで己の身をかばった。 間に合わなかった!!――――彼が強くそう思ったとき、ふと何かが落ちてきた。 コルベールの頭に直撃したソレは、先程横にいた少女が持っていた『黒筒』だったらしい。 大した痛みがなかったのはその『筒』に『中身』が入っていなかったからだ。というよりその中身も大して重くはないが。 そして、その筒を背負っていた少女も何処へと消えていた。 ルイズは、ゴーレムに踏みつぶされる瞬間に閉じていた目をゆっくりと開けた。 顔を伏せていた所為かまず最初に見えたのは粗い土であった。 ゴーレムが右の足を上げた時、ルイズはやろうと思えば逃げられていたのではあるが腰が抜けてしまっていた。 蛇に睨まれた蛙の如く動けなかった彼女は踏みつぶされる直前に目をつぶり、天国に逝けるよう始祖に祈った。 しかし、自分は生きているようだ。なんせ体は重いし、それに妙に暑いのでどうやら死に神の鎌からは逃げられたらしい。 ルイズはゆっくりと顔を上げ、自分に背中を見せていた相手を見て驚いた。 滑らかな黒のロングヘアー、一見すると大きな蝶にも見えてしまう赤リボン。 脇部分を露出させた大胆な紅白色の異国風の服を着た少女…。それは間違いなく博麗霊夢その人であった。 「全く、アンタが一番役に立たないんだから先に逃げなさいよ…。おかげで余計なことをする羽目になったわ。」 前にいる霊夢は面倒くさそうにそう言った。 ルイズは立ち上がり、辺りを見回してみると青い障壁がゴーレムの足を食い止めていた。 「あ、有り難う…ってあら?」 霊夢にお礼を言おうとしたルイズは彼女が左手に何かを持っている事に気が付いた。 「それって……杖なの?」 そう、霊夢は左手に「杖」を持っていた。 しかし、それはルイズが見たこともない一風変わった「杖」だった。 霊夢の慎重よりも長く、細い「杖」は黒一色に塗られ、綺麗な光沢を放っている。そして一番の特徴とも言えるのがその杖の先端部分だった。 先端には薄い純銀の板の装飾が施されており、太陽の光に反射してキラキラと光り輝いていた。 それは、このハルケギニアには無い装飾で、「紙垂」と呼ばれる物であった。 ルイズは何故かは知らないが思わずそれに目を奪われてしまった。どこか神聖な雰囲気を漂わせるそれに。 そんなルイズに気づいた霊夢がその「杖」の柄で彼女の額をトンッ!と勢いよく小突いた。 「イタッ!」 脊椎反射でルイズは額を抑えながら後ずさった。 「何ぼーっとしてるのよ。さっさと逃げてくれない?じゃないとアンタも平気で巻き込むわよ?」 霊夢は左手に持った杖…否。「御幣」をゴーレムの方に突きつけると、未だに痛がっているルイズにそう言った。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第九話「泥まみれ少年ひとり」 凶獣ルガノーガー カプセル怪獣ミクラス 登場 魔法学院を訪れたアンリエッタ王女から、内乱の続くアルビオンから彼女がウェールズ皇太子にしたためた、 ゲルマニアとの軍事同盟に破局をもたらす危険な手紙の回収を命じられたルイズと才人。盗み聞きをしていたギーシュと、 アンリエッタの遣わしたグリフォン隊隊長でルイズの婚約者であるワルドも加えた四人でアルビオンに向け 旅立つこととなったが、ルイズは久しぶりに会うワルドに戸惑い、才人はそんな彼女の様子に不機嫌さを隠せない。 だが二人の思いを置いて、事態は突然急展開を見せる。港町ラ・ロシェールを目指す道の途中で、空から 凶獣ルガノーガーが一行の前に立ちふさがったのだ! ルガノーガーのおぞましき牙が、ルイズたちに襲いかかる! 「アオ――――――――ウ!」 「ワルド! 怪獣よ! こんな時に、よりによって私たちの目の前に出てくるなんて!」 「まずいな……私だけでは、到底太刀打ちできない」 前兆もあったものではないルガノーガーの出現に、魔法衛士隊の歴戦の戦士のワルドも冷や汗を垂れ流した。 彼がそうなのだから、地上のギーシュは哀れなくらい恐慌状態にあった。 「き、きみ! 大変だ! 大変だよッ! 危険な任務だとは分かってたが、怪獣が立ちはだかるなんて聞いてないよ!? あわわわ、早く逃げないと! しかしラ・ロシェールは怪獣の向こう……いやしかし、命を拾えなかったら そもそも任務はぁ!?」 「落ち着けよッ!」 あまりに取り乱すギーシュに、才人は思わず一喝した。すぐにゼロに変身して立ち向かいたいところだが、 隣のギーシュの目がある。いきなりいなくなっては、彼に怪しまれるに違いない。 「ゼロ、ここは……」 『ああ。カプセル怪獣の出番だな』 ゼロの許可が下りたので、才人はギーシュに気づかれないように銀色の小箱から青いカプセルを取り出し、 素早く投げ飛ばした。 するとカプセルから、ウインダムと同じカプセル怪獣が現れて大地に立つ。バッファローのような角を持つ 怪力自慢、ミクラスだ! 「グアアアアアアアア!」 「むッ!? もう一匹の怪獣が!」 ワルドが身構えるが、ルイズは出現のし方から、ミクラスがカプセル怪獣であることを察した。 果たしてミクラスは、ルガノーガーへと突進してルイズたちを攻撃しないように食い止め出す。 ミクラスのお陰で幾分か落ち着いたルイズがワルドに提案する。 「ワルド、一旦地上へ、サイトたちの下へ降りましょう」 「うむ、そうだね。怪獣相手に単騎で飛んでいては、逆に危険だ」 ワルドはすぐに従い、騒いでいるグリフォンを落ち着かせると、地上へと降下させた。そして才人とギーシュに向かって告げる。 「怪獣たちが戦っているのに乗じて、林に身を隠しながら先に進もう。馬もちゃんと連れてこいよ」 その言葉の通りに、四人は林の間に身を投じた。 ルガノーガーを差し向け、ルイズたちのことを観察している一団は、ミクラスがルガノーガーに 挑むところもしっかり見ていた。すると丸い頭の影が命ずる。 『そんな怪獣など、お呼びではないのだ。ルガノーガー、さっさと始末してしまえ!』 「アオ――――――――ウ!」 「グアアアアアアアア!」 ルガノーガーは左腕の首で自分を押さえつけているミクラスの腕に噛みついた。激痛を感じた ミクラスがひるんでいると、右腕の首に脚を噛みつかれる。 「グアアアアアアアア!」 「アオ――――――――ウ!」 ミクラスはそのまま持ち上げられ、放り投げられた。横に倒れたミクラスが地面に叩きつけられると、 それにより発生した震動でルイズたちは足を取られる。 「きゃあッ!」 「ルイズ! 大丈夫かい?」 よろけるルイズをすかさずワルドが支えた。 「え、ええ。ごめんなさい……」 「気にすることはない。婚約者を助けない男はいないのだからね」 こんな時にも甘い台詞を吐くワルドを、才人がじとっとにらんだ。 「アオ――――――――ウ!」 一方で、ルガノーガーは三つの口から青白い熱線を吐き、倒れたままのミクラスを攻撃した。 「グアアアアアアアア!」 三条の光線の威力はすさまじく、タフネスが売りのはずのミクラスをたちまち瀕死の状態にまで追い込んだ。 「! 戻れミクラスッ!」 それに気づいた才人がすぐにミクラスをカプセルに戻した。 ミクラスをあっさりと破ったルガノーガーは、ルイズたちの方へ振り返る。彼女たちは、 ルガノーガーからほとんど離れていない。 「うわぁー! こっちを見たぁッ!」 「アオ――――――――ウ!」 そしてルガノーガーの両肩の赤い角から、赤い稲妻がほとばしってルイズたちを林の木々ごと吹き飛ばす! 「きゃあああああああああああッ!」 大規模な爆発で四人が散り散りに吹き飛ばされる中、才人はこの混乱に乗じてウルトラゼロアイを装着した。 「デュワッ!」 瞬時にウルトラマンゼロの巨体が大地に立ち、ルガノーガーの前に立ちはだかった! 「きゃあああああああッ!」 爆風で吹き飛ばされたルイズだが、地面に叩きつけられる前に、ワルドが『レビテーション』を掛けて救った。 助けられたルイズは、ゼロの姿を目にすると、ワルドに尋ねかける。 「ギーシュはどうなったの!? ……後、サイトも!」 怪しまれないように、才人も居所を知っていながら聞いておく。 「分からない。君を助けるだけで精一杯だったから……」 「そんな……!」 さすがにギーシュの身を案じていると、いきなり場違いな女性の声がした。 「ギーシュ、しっかりしなさいよ。『フライ』くらい使いなさいな」 「め、面目ない。あまりにも恐ろしい目に遭ったから、気が動転してね……」 ゆっくりと宙に降ろされたギーシュが言い訳している相手は、何とシルフィードに乗ったキュルケだった。 もちろんタバサも一緒だ。いるはずのない二人の姿に、ルイズは思い切り面食らった。 「キュルケ!? あんた、何でここにいるのよ!?」 「はぁいルイズ。実は朝がた、窓からあんたたちが出かけようとしてるのを見て、タバサを叩き起こして 後をつけてきたのよ。そしたらいきなり怪獣が出てきて、ギーシュが危なかったから助けてあげたの。 感謝しなさい、ギーシュ」 短く説明したキュルケは、ルイズ、そしてワルドに目配せをした。 「あなたと、おひげが素敵な殿方と……ダーリン、サイトはどうしちゃったの? タバサ、あなた知ってる?」 「知らない」 二人がいるはずのない才人を捜して辺りを見回すので、ルイズがすぐにごまかす。 「サイトは遠くに飛ばされちゃったみたいだけど、多分大丈夫だわ。あれでかなり頑丈だし」 「そうよね。何だかんだでいつも、ひょっこり帰ってくるものね」 「彼はこのぼくに勝利したんだ。自分の身くらい自分で守る力があって当然だろう」 「それは関係ないと思うけど」 才人を捜すのをやめさせると、五人でゼロとルガノーガーの戦いの巻き添えを食わないように 急いでその場から退避していった。 ゼロは宇宙空手の構えを取ったまま、ルガノーガーと対峙している。 『ミクラスを簡単に倒すとは、かなり手強い怪獣のようだな。だが、負けるつもりはねぇぜ!』 唇を親指でぬぐっていると、ルガノーガーが再び熱線を放射して攻撃してきた。 「アオ――――――――ウ!」 それを飛びすさってかわしたゼロは、着地と同時にワイドゼロショットを発射する。 「セアッ!」 光線はルガノーガーの真正面に直撃したが、その胸部には少しも吸い込まれていかず、 四方八方へ弾かれて霧散した。 『何ッ!』 ルガノーガーの胸部の装甲は反射板のような構造になっており、光線を弾く仕組みになっているのである。 そして優れているのは防御だけではない。三つの口からは強力な熱線を吐き、肩の角からは赤い稲妻を放つなど、 全身に武器が存在するのだ。野生の怪獣とは思えないほどの能力の高さに、ルガノーガーは何者かが作り出した 怪獣だと言われることがある。 「アオ――――――――ウ!」 再度ルガノーガーの攻撃する番となる。肩の角から赤い稲妻を走らせる。その攻撃はゼロだけを狙っておらず、 辺り一面へ見境なく飛んでいく。もちろんルイズたちの方にも、だ。 『させるかッ!』 するとゼロは広大な面積の光のバリアー、ウルトラゼロディフェンサーを張り、自分のみならず ルイズたちのことも稲妻から守った。稲妻がやんだところで、すかさずゼロスラッガーを飛ばす。 「ジュワッ!」 ゼロスラッガーは見事角を切り落とした。これで厄介な稲妻攻撃はもう使えない。 「アオ――――――――ウ!」 『へッ! 来やがれ!』 怒り狂ったルガノーガーが三つの口にズラリと生えた牙を剥き出しにしながら、ゼロへ走っていく。 ゼロはそれを素手で迎え撃ち、肉弾戦での勝負となる。 「ドリャアッ!」 「アオ――――――――ウ!」 ルガノーガーの両手の牙を払いのけ、横拳を入れるゼロ。ルガノーガーは恐竜型らしく接近戦でも強い怪獣だが、 ゼロだってレオから授かった宇宙空手をマスターしている。力はあっても技のないルガノーガーの攻撃をさばくことは 簡単なことだった。 『おらおらおらぁッ!』 強烈なパンチを連続で叩き込んでどんどん押していく。だがその時、先端が針のように鋭くなっている ルガノーガーの尻尾が持ち上がり、素早くゼロの肩に突き刺さった! 『うぐッ!?』 「アオ――――――――ウ!」 ただ刺さっただけではない。尻尾からゼロのエネルギーが吸い取られていく! すぐにカラータイマーが 点滅を始め、ゼロは片膝をついた。 「グッ……セアァッ!」 しかしすぐにゼロスラッガーを片手に持ち、尻尾を切断してどうにか難を逃れた。一旦距離を取るも、 消耗したエネルギーは回復しない。 『ゼ、ゼロ! 大丈夫か!? 戦えるのか!?』 才人が焦って聞いてくると、ゼロは息を切らしながらもうなずく。 『当たり前だぜ! ……って言っても、これだけエネルギーを失ったら、強力な光線技を撃つのは難しいな……』 『それってまずいんじゃないのか!? あの怪獣はまだまだ余力あるのに!』 『心配するなって! 光線技が使えないのなら、武器を使うまでだ!』 とゼロが言うと、ウルティメイトブレスレットのランプ部分が強く光り、そこから赤と青に彩られた石突の槍が現れた! 『うおッ!? こんなすげぇの持ってたのか!』 『ウルトラゼロランスだ! 見てろよぉーッ! ぜりゃあああッ!』 ゼロはすぐにそのウルトラゼロランスを、力一杯に投擲する。すると槍はルガノーガーの胸部に命中し、 反射板となっている装甲を易々と貫通した! 「アオ――――――――ウ……!」 大ダメージを受けたルガノーガーはたちまち活力を失い、ダラリと腕を垂らした。だがまだ息はある。 『すっげぇ威力ッ!』 『へへッ! そしてこいつで、フィニッシュだぁーッ!』 ゼロはとどめとして、ゼロスラッガーを空中に固定すると、ふた振りとも回し蹴りで勢いをつけて飛ばした! 父親ウルトラセブンの大技、ウルトラノック戦法を応用した、ウルトラキック戦法である。 いつもよりも更に速く宙を切り裂いていったゼロスラッガーはルガノーガーの胴体を突き抜け、 仰向けに倒れさせると、その身体が大爆発を起こした。 「ジュワッ!」 ルガノーガーに勝利したゼロは、いつものように大空へと飛んでいった。 戦いをながめていたキュルケは、ゼロの勝利に感嘆してため息を吐いた。 「相変わらずすごい強さねぇ、ウルトラマンゼロ。あんなに恐ろしい怪獣まで、あっさりやっつけちゃうんだもん。 武器まで使うなんて、むしろずるいくらいだわ」 「色んなことが出来る……」 タバサも感心してつぶやいた直後に、林の中から才人がひょっこり顔を出した。 「おッ、いたいた! 何でキュルケとタバサまでいるんだ?」 「あーん、ダーリン、どこ行ってたのよぉ! いっつも心配ばっかりさせるんだからぁ!」 「キュルケ! すぐ引っ付こうとするんじゃないわよ! サイトは私の使い魔なの!」 才人がキュルケたちのいる理由を説明されてから、ラ・ロシェールへの移動を再開しようとするのだが、 ここでギーシュが渋面を作った。 「怪獣が倒されたのはいいんだが、困ったことが起きたよ。さっき吹っ飛ばされたせいで、 馬がダメになってしまったんだ。次の駅はまだ遠いのに、ぼくとサイトの足がなくなってしまったよ」 「あら、そんなこと、何も問題ないわ。シルフィードがいるじゃない。シルフィードなら グリフォンと並走も出来るし。ねッ、タバサ、いいわよね?」 「構わない」 キュルケの提案とタバサの許可により、才人とギーシュはここからシルフィードで向かうこととなった。 「ルイズ、タバサと連れてきた私にちゃんと感謝しなさいよね」 「何でわたし限定なのよ!」 相変わらずキュルケにからかわれるルイズの背後で、シルフィードを一瞥したワルドが小さく、 憎々しげに舌打ちした。 ……ルガノーガーはゼロの手によって撃破されたが、この戦いはルガノーガーを差し向けた者たちに 一部始終を監視され、同時にゼロの能力が分析されていた。 『ウルトラマンゼロ、予想以上の強さだ。まさかルガノーガーまで圧倒するとは……』 『しかも奴はこのハルケギニアで、まだ能力の全てを見せていない。他にも隠された力があるはずだ。 奴が浮遊大陸に来る前に、それを出し切らせなければ……』 角張った頭の影と丸い頭の影が話し合うと、それを受けて、細身の影が腕を上げた。 『ではもう一体、怪獣をぶつけるとしよう。次の襲撃場所は、空だ!』 ルガノーガーの襲撃後は、ルイズたち一行はすんなりとラ・ロシェールに到着した。 入り口で怪しい男たちがこちらに矢を飛ばしてきたりもしたが、空を飛んでいるこちら側の敵ではなかった。 ひっ捕らえた男たちは自らを物取りだと主張し、特に問題もないようだったので放置することにした。 しかし到着してから一つ問題が発生した。アルビオンに向かう船は、トリステインとアルビオンが 最も近づく明後日の朝、ハルケギニアの二つの月が重なる『スヴェル』の月夜の翌日にならないと出航しないという。 しかしこればかりはどうしようもないので、ラ・ロシェールの宿で二泊を過ごすことが決定された。 そしてひと晩過ごした後の、宿のギーシュとの相部屋で、才人は物思いに耽っていた。 そこに、鞘から少しだけ刀身を出したデルフリンガーが尋ねかけてくる。 「どうした相棒。悩み事かい?」 「別に、何でもねえよ」 「そうかあ? そんな風にゃ見えねえけどね」 デルフリンガーの言う通り、才人はワルドのことを、もっと言えばワルドと比べた自分のことを考え込んでいた。 ワルドがルイズに親しそうに接しているところを目にする度に、どうも不快な気分になる。 ルイズにベタベタするな、と言いたくなる。だが、向こうは仮にもルイズの婚約者で、自分は使い魔。 立場的にもそんなことは言えないし、仮に言ったところで、自分がワルドに勝っている部分など一つもない。 今の才人はウルトラマンゼロ。だがそうなったのは単なる偶然で、ゼロの力は断じて才人のものではない。 ゼロがどれだけ強くても、八面六臂の活躍をしても、それは才人自身の評価には何ら影響されないのだ。 才人個人は、異世界に放り出されたただの人。何の因果か『ガンダールヴ』という伝説の使い魔の力を手にしたが、 それはおおっぴらには宣伝できない。れっきとした軍人で貴族のワルドに、身分で敵うはずがなかった。 自分をワルドと比較して気を落としていると、扉がノックされた。ギーシュはまだ隣のベッドで グースカ寝ているので、しかたなく才人がドアを開けた。 そこに立っていたのは、ワルドその人であった。 「おはよう。使い魔くん」 「おはようございます。でも、出発は明日の朝でしょ? こんな朝早くにどうしたんですか」 自分を悩ませる相手が実際に目の前に現れたことで、より気分を害した才人がとげとげしく聞くと、 ワルドは反対ににっこり笑った。 「きみは伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」 「え?」 いきなりそのことを言い当てられ、才人はきょとんとした。するとワルドは、なぜか誤魔化すように、 首をかしげて言った。 「……その、あれだ。フーケの一件で、僕はきみに興味を抱いたのだ。さきほどルイズに聞いたが、 きみは異世界からやってきたそうじゃないか。おまけに伝説の使い魔『ガンダールヴ』だそうだね」 「はぁ」 「僕は歴史と、兵に興味があってね。あの『土くれ』を捕まえた『ガンダールヴ』の腕がどのぐらいのものだか、 知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」 「手合わせってつまり、殴りっこ?」 「そのとおり」 ワルドの挑戦に、才人は闘志を燃やした。ワルドはギーシュなんかよりもずっと強いようだが、 こっちだって『ガンダールヴ』の力がある。勝負にならない、なんてことはないはずだ。 『ガンダールヴ』の腕の冴えをルイズの婚約者に見せつけてやる、と才人は思った。 「どこでやるんですか?」 「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備えるための砦だったんだよ。中庭に練兵場があるんだ」 そして才人とワルドは、今はただの物置き場になっている練兵場に足を運んだ。 才人がデルフリンガーを引き抜いて戦闘態勢に入るが、それをワルドは左手で制した。 「どうした?」 「立ち会いには、それなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」 「介添え人?」 「安心したまえ。もう、呼んである」 ワルドがそう言うと、物陰からルイズが現れた。ルイズは二人を見ると、はっとした顔になった。 「ワルド、来いって言うから来てみれば、何をする気なの?」 「彼の実力を、ちょっと試したくなってね」 「もう、そんなバカなことやめて。今は、そんなことしているときじゃないでしょう?」 「そうだね。でも、貴族というヤツはやっかいでね。強いか弱いか、それが気になるともう、 どうにもならなくなるのさ」 ワルドの説得が無理なようなので、ルイズは才人を見た。 「やめなさい。これは、命令よ?」 しかし才人は答えない。ただ、ワルドを見つめた。 「では、介添え人も来たことだし、始めるか」 ルイズの思いをよそに、決闘が始まる。ワルドは剣のような拵えの杖を引き抜き、前方に突き出した。 そして才人とワルドが激突する。だがその戦いは、当初の才人の予想とは裏腹に、終始ワルドが優勢だった。 才人の剣戟は、ワルドに容易くいなされていた。 「きみは確かに素早い。ただの平民とは思えない。さすがは伝説の使い魔だ」 ワルドには戦いながらしゃべる余裕まであった。才人の突きをかわしたところで、後頭部に杖の一撃を叩き込む。 「しかし、隙だらけだ。速いだけで、動きは素人だ。それでは本物のメイジには勝てない。 つまり、きみではルイズを守れない」 ワルドの突きが才人に襲い来る。才人はやっとの思いで突きを受け流していくが、それが一定のリズムと 動きを持っていることに気づくのはあまりに遅かった。 「相棒! いけねえ! 魔法がくるぜ!」 デルフリンガーが叫んだときには、空気のハンマーが才人を吹き飛ばした。才人は積み上げた樽に激突し、 その拍子にデルフリンガーを落とした。拾おうとするが、ワルドに踏みつけられ、杖を突きつけられた。 「勝負あり、だ」 勝敗が決し、ルイズがおそるおそる近づいてくる。 「わかったろうルイズ。彼ではきみを守れない」 「……だって、だってあなたはあの魔法衛士隊の隊長じゃない! 陛下を守る護衛隊。強くて当たり前じゃないの!」 「そうだよ。でも、アルビオンに行っても敵を選ぶつもりかい? 強力な敵に囲まれたとき、 きみはこう言うつもりかい? わたしたちは弱いです。だから、杖を収めてくださいって」 反論したルイズだが、ワルドの指摘に何も言えなくなった。せめて才人の額から流れる血をぬぐおうと ハンカチを取り出すが、それもワルドに止められる。 「行こう、ルイズ」 「でも……」 「とりあえず、一人にしといてやろう」 ルイズは躊躇ったが、ワルドに引っ張られて去っていった。 残された才人は、地面に膝をついたまま、じっと動かない。ルイズの前で負けたことが、 才人を激しく落ち込ませていた。 「気にすんな相棒。あいつは相当の使い手だよ。スクウェアクラスかもしらんね。負けても恥じゃねえ」 デルフリンガーが慰めるが、才人はそれでもしゃべらなかった。 「惚れてる女の前で負けたのは、そりゃあ悔しいだろうけど、あんまり落ち込むなよ。俺まで悲しくなるじゃねえか。 ところで相棒、さっきの戦いの中で、また何か思い出しそうになったんだが……うーん、なんだっけかな……。 なにせ、随分大昔のことだからな……」 話し続けるデルフリンガーを、才人は問答無用で鞘に納めた。 ウルトラマンゼロは無敵の戦士。どんな敵にも負けたことがない。それに対し、自分は一端の人間にも勝てない。 その事実が、泥だらけの才人をよりみじめな思いにさせた。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁 エピローグ「その後の皆様」 カトレアが上機嫌で花壇の花に水をやっていると、馬車の音が聞こえたのでそちらを振り返る。 見慣れた馬車は正門をくぐり屋敷の入り口まで辿り着くが、 馬車の中の人物が降りる前に屋敷の扉が開き、喜色満面のエレオノールが飛び出してくる。 恐らくエレオノールは彼が屋敷に戻る時間が近いので、窓から外を延々伺っていたのだろう。 そわそわする姉の姿を想像して思わず笑みが零れる。 領地は人に任せ、ヴァリエール一家は今ほとんど全員がトリステインの屋敷で暮らしている。 カトレアの体調が良くなった為、その婿探しをする意味でも王都に居るのが一番と父は言っていたが、 むしろ忙しすぎる父の都合のような気もする。 アルビオンから戻ったエレオノールは、それまでが嘘のように謙虚になった。 一度カトレアがその理由を尋ねた所、自分の無力さを思い知ったと恥ずかしげに呟いていた。 エレオノールらしい元気さが失われてしまったのが少し残念ではあるが、もっと嬉しい事があった。 グラモン家の息子さんがエレオノールのお婿さんとして迎えられた事だ。 最初は伯爵の血筋とはいえ、三男なぞ冗談ではないと渋っていた父も、彼の温厚な人柄と、 心に秘めた情熱にほだされ、遂に結婚を認める事になった。 今では、必ずやヴァリエールを継ぐに相応しい男に育て上げてみせると鼻息も荒い。 母は最初から厳しく接していたが、これは誰にでもそうであるし、 より以上に厳しく当たるのはきっと彼が気に入っているからだとカトレアは思っている。 家族がもう一人増えてくれた。それがカトレアには何より嬉しかった。 外出も苦にならなくなったカトレアは、父やエレオノールの紹介で何人か友人を得る事が出来た。 にぎやかすぎる彼女達に付き合うのは疲れる事でもあったが、常に新鮮さがそれに勝った。 こうして生活は劇的に変わったが、皆が皆元気でいてくれるので、カトレアはそれだけで幸せだった。 しかし、たった一つだけカトレアにも気がかりがある。 愛しい愛しい大切な妹ルイズは、今日もまた何処かで危険の最中を駆け抜けているのだろうから。 エルフの森深くまで踏み入ったルイズ、キュルケ、タバサの三人は、木のうろに隠れるように身を潜める。 「あっちゃー、まずったわ。エルフってやっぱり強いのね」 そうぼやくルイズの襟首を引っ掴むのはキュルケだ。 「あったりまえでしょうがああああああ! だから止めとけって言ったのに人の話聞かないから!」 むっとなったルイズもキュルケの襟首を掴み返す。 「何よ! 残らず燃やし尽くしてやるなんて息巻いてたのアンタでしょ!」 そんな二人を無視して周囲を探っていたタバサは、ぽつりと呟く。 「……退路も断たれた。これ……本気でマズイ」 木々が生い茂る森の中は、まるで静止画のように動きを見せず、時折聞こえる鳥や獣の声が響くのみだ。 しかし、ルイズもキュルケもタバサ同様周囲を探ると、その先に潜むエルフ達の影を捉える。 「百……かしら。キュルケ、いざとなったらここら一帯アンタの魔法で消し飛ばしてやりなさい」 「こっちも一緒に吹っ飛ぶわよ。言っとくけど1リーグ超える範囲は調節なんて効かないわよ。 そこ越えたら後は3リーグ四方全部消し飛ばすしかないし、そんな悠長に魔法唱える暇なんて与えてくれないでしょうに」 「相変わらず雑ねぇ」 「うっさい、そもそもエルフのインチキ魔法相手に通用するかどうかもわかんないんだから、今回爆炎はナシよ」 「連中がインチキならアンタのはデタラメじゃない。触れただけで蒸発する炎とか卑怯の域よそれ」 タバサは油断無くエルフ達の動きを探る。 「……私が偏在使えば不意打ちで五人は倒せる。ルイズは?」 キュルケだけでなく、風特化でもないのに偏在使えるタバサも充分デタラメである。 背負った二本の剣を見ながらルイズはやる気無さそうに答えた。 「私も同じぐらいかしら。本当鬱陶しいわねぇ、魔法だけじゃなくて体術もしっかりしてるわコイツ等」 エルフは常識では考えられぬ魔法を用い、相手によっては通常の魔法や剣で触れる事すら難しい者も居る。 しかし彼女達は事も無げにこんな台詞を吐く。 「私がその間に魔法で吹っ飛ばしたとしても、まあ半分は残るわ。んで生き残りの一斉魔法でオシマイっと」 今まで相手にしてきた人間とは根本的に違う、そんな存在であるとわかっていたのだが、 目論見が甘かったと言われれば正にその通りである。 キュルケはルイズのピンクの髪を眺めながらぼやく。 「ま、コレに付き合ってここまで生き延びたんだから、それで良しとするしか無いわね」 タバサもまた危機に似合わぬ微笑を浮かべる。 「こんなキツイのはハヴィランド宮殿攻防戦以来。でも今回は……」 ハルケギニアに後生まで語られる三人の物語は、ここで幕を下ろす。 天蓋の付いたベッドで気だるげに身を起こすアンリエッタは、 隣に寝ていたはずの者が既に衣服を身につけている事に気付き、寝巻きを身にまとう。 「もう……お出になるのですか?」 男は帽子を被りマントを羽織る。 「トリステインの至宝を狙う間男は、それらしく退散すると致しましょう」 ぷっと吹き出したアンリエッタは、ベッドから起き上がり男に寄り添う。 男は軽く彼女を抱きとめ、耳元で小さく囁く。 「……少しだけ、心の内を曝け出してもよろしいでしょうか」 「なんでしょう」 「私は、ウェールズ陛下を忘れさせる事が出来ているのでしょうか」 アンリエッタは今度こそ声に出してくすくすと笑う。 「私の心は、とうに貴方に捉えられておりましてよ、ワルド」 恋文を返せ、そう伝えた相手が九死に一生を得たからとて、では再び元の鞘にとは易々と出来ぬもので。 苦しい想いを抱える日々が続く中、アンリエッタの心を慰めたのはトリステインに次々訪れる朗報と、 事情を察し、事ある毎に気を配ってくれるワルドの存在であった。 満足気に頷くと、ワルドは部屋の窓を開き、窓枠に飛び乗り器用にバランスを取る。 「まあ」 「では、姫君のお心を見事頂戴できましたので、わたくしはこれにて……」 マントを一振りすると、ワルドは影も形も消えてしまった。 ワルドが魔法のマントを用いて転移した先では、オールドオスマンが苦々しげな顔をしていた。 実はこれ、タバサがアルビオンに行った時ネコババしてきた物である。 あの魔法の物品の素性を調べる度、あまりのレアリティに腰をぬかしかけたのも随分前の話だ。 オールドオスマンにこんな顔をされてはワルドも苦笑するしかない。 「お説教ですかな」 「最近は頻度も多くなったでな。年寄りをあまり困らせるものではないぞ」 「美姫に惹かれるは男の悲しい性ですよ。ですが、何度も言っておりますように、私は不実を働くつもりはありません」 オールドオスマンは大仰に両手を広げる。 「いっそ一夜の火遊びにしておいてくれ。本気で彼女を娶るつもりだとか、 話を聞いた時は全てを忘れて隠居しようかと思ったぞ」 「はははっ、まだまだオールドオスマンのご助力無しには私も独り立ち出来ませぬ故、今後も何とぞよしなに」 今ではオールドオスマンはワルドの良き協力者となっていた。 しかし、そんなオールドオスマンにも、ワルドが本心で彼女に惚れているのかどうか、見極める事は出来なかった。 それ程ワルドという人物は奥が深く、容易に計り知れぬ心を持っていたのだ。 彼がうろたえる様を見たのは、オールドオスマンも数える程しか無い。 内の一つ、ルイズとの決闘は何とも衝撃的であった。 「私が勝ったら婚約解消。負けたら煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい」 そう言い放って、スクウェアメイジでありトリステイン最強の騎士であるワルドに挑んだルイズは、 魔法を吸収する剣をかざし、ワルドに勝利を治めたのだ。 既にルイズとの結婚にそこまでの利は無かったので、わざと負けたのかとも思ったが、 敗北した後のワルドの茫然自失とした様は、それが真剣であったのではと思わせる程であった。 それ以降、ルイズ達の奔放っぷりは最早誰の手にも負えぬ程暴走して行った。 ガリア王ジョゼフを退位に追い込んだり、ゲルマニア皇帝をたらしこんだりとやりたい放題である。 何でもロマリアとも揉めたらしいのだが、そこはもう聞きたくないとオールドオスマンは関わるのを拒否した程だ。 今は何処で何をやっているものやら。 「では、私はこれにて」 そう言って立ち去るワルドを見送りながら、オールドオスマンは深く嘆息する。 「ワシの人生って、もしかして悪ガキ共の後始末で終わってしまうんではないのか?」 既にトリステインの重鎮となったワルドを、平然と悪ガキ呼ばわりする自身の稀有な感性と能力は知らんぷりらしい。 のんびりと夜道を散歩するワルドは、ふと、その手に残るぬくもりを思い出す。 思慮が足りない、分別も不足してる、 おおよそ国家を担うに相応しい器ではないと馬鹿にしていたのだが、彼女にも美点はあった。 相手が嫌がる事を出来れば避けたいと思う弱さと紙一重の優しさ、 一つ事に集中すると他が見えなくなる視野の狭さにも繋がる一途さ。 王として全ての民を分け隔て無く愛すべきであるのに、 心寄せた相手に強く惹かれ、一心に何かをしてやろうとする健気さ。 彼女は決して王には向いていないが、こうして肌を重ねて初めてわかった。 妻として、そしておそらく母として、これ以上に素晴らしい女性は居ないのではないだろうかと。 そこまで考え、ワルドは自らの様を振り返り苦笑する。 「何と、これではまるで私が恋をしているようではないか」 それが真実なのか否か、ワルドならば答えを出すのも容易かろうが、もう少しだけ、考えずに置こうと決めたのだった。 ウェールズは正装に身を包み、落ち着かない様子で控え室に向かう。 最初に一目見ておけば動揺してしまう事も無かろうと、その部屋の扉を開く。 ちょうど中に居た女性が外に出ようと扉に手をかけた所であった。 彼女は真っ白なドレスを身に纏っていた。 胸元が大胆に抉れているのは、豊満な胸を持つ彼女の美しさをより際立たせてくれる。 そしてきゅっとしまったウェスト回りは、白のレースがぐるっと一周しており、 大人びた雰囲気の中にも初々しさを残すよう花の柄があしらってある。 その下は大きく膨らんだスカートだ。半透明なレースと、真っ白な生地が交互に折り重なっており、 幾重にも重ねた生地は相互に柄を引き立てあい、奥深い造りになっている。 「マチルダ? 一体何を……」 部屋の中から女中の悲痛な声が聞こえてくる。 「ああっ陛下、良い所に。どうかマチルダ様をお止め下さい」 事情のわからぬウェールズに、マチルダはドレス姿のままぴっと指を突きつける。 「ウェールズ、貴方言ったわよね。結婚しても仕事は続けていいって」 「あ、ああ確かに言ったが……」 「じゃあそうするわ。風石相場の値崩れが始ってる。 まーたしょうこりもなくあんの性悪ワルドが仕掛けて来てるのよ。今すぐ対応しないと……」 「ちょ、ちょっと待て! これから式だというのに何を言ってるんだ! 列席者は随分前から待っているんだぞ!」 「そんなの待たせておけばいいわよ! どーせ酒飲んで騒ぎに来ただけでしょうに」 「ば、馬鹿言うな! 仮にも国王の結婚式がそんな適当で済むはずが無いだろう!」 「そんな事どうでもいいわよ。それよりすぐに対応しないとまた派手に損失被る事に……」 そこまで言ってマチルダは口を紡ぐ。 扉の辺り、ウェールズの居る更に後ろからただならぬ瘴気が漂って来ている。 「へ~~~い~~~か~~~、ま~~~ち~~~る~~~だ~~~」 憤怒の表情で姿を現したのは、マチルダ、ウェールズ共通の友、アニエスであった。 「げっ! アニエス! いえね、違うのよこれは……」 「ま、待てアニエス! まずは落ち着け、これは所謂あれだ、まりっじぶるーとでもいうかだな……」 二人が揃って言い訳を始めるが、直後の一喝でぴしゃりと黙る。 「やかましい! お前達にわかるか! ようやく! そうさんざ苦労に苦労を重ねてようやく辿り着いた晴れの日に! やっと私も肩の荷が降ろせると一息ついたその息も出し切らぬ間に! これで私もようやく恋人との時間を、将来を考えられると安心した矢先に! こんな所で無様にケンカしてる二人を見た私の気持ちがわかるかああああああああ!」 二人が自分の気持ちに気付き、お互いの気持ちに気付き、自分の気持ちに素直になれるまで。 その全てを延々フォローし続けてきたアニエスは、あまりの情けなさに涙すら浮かべているではないか。 二人共、めっちゃくちゃアニエスに世話になった自覚はある。 というかアニエスが居なければこの日は絶対に来なかったと確信出来る。 その立場とアンリエッタへの未練から、自らの想いにすら気付けなかったウェールズ。 アルビオンの王族!? 親の仇じゃ死にさらせボケええええええええええ! なマチルダ。 この二人をくっつけるのにアニエスが払った労苦は並大抵のものではなかっただろう。 「すまんアニエス! ほらっ! もう大丈夫だ! 私達はふぉーえばー仲良しだぞ!」 「そうよそうよ! もー目に毒すぎて逃げ出すぐらいラブラブなんだから!」 速攻で肩を組んでにこやかスマイルを見せる二人。 それで一応は納得したのか矛先を収めるアニエス。 「……頼みますよ陛下。皆様もうお待ちなんですから…… マチルダもだぞ! 馬鹿なわがまま言ってないでさっさと行け!」 はいっと元気良く返事をし、二人は並んで式場へと向かう。 ウェールズは隣を歩く、これから妻になる人を見下ろす。 昨晩は「本当に私でいいの?」と不安気に震えていたというのに、夜が空ければすぐこれである。 よくもまあこんなの妻にもらう気になったもんだが、ウェールズにとっては彼女以外考えられなかったのだ。 出自の定かならぬ女性である。嵐のような反発を押し切っての式となった。 ウェールズは既にマチルダから王家との因縁を聞いていたので、逆に出自を明らかにする事も出来なかったのだ。 国家再生の只中、何代にも渡ってアルビオンを支えてきた貴族達は、 そのほとんどが様々な形でアルビオンを去って行った。 最早新たに国を作るのと大差ない労苦を共にしてきた彼女。 今アルビオンに必要なのは血筋ではなく、アルビオンの屋台骨となりうる強い女性でなくてはならない。 と、説得して何とか式にこぎつけたが、ウェールズにとってはまあ、それは言い訳の一つ程度の認識でしかない。 どんな逆境にあっても、逆に平穏な日々の中でも、いつでも必死になって駆け回り、 きらきらと輝いて見える彼女が、愛おしくてたまらないだけなのだから。 「さあ、行こうか」 廊下の終わり、光に満ちた場所へとマチルダを誘うと、少し照れながら、マチルダはウェールズの手を取った。 黙ってやられるだけは性に合わぬ、 踏み込んで一人でも多く道ずれにしちゃるとばかりに飛び込もうとするキュルケとタバサを、ルイズが止める。 「何よ? 何か言い残した事でもあんの?」 「心残りなんて、ギーシュとモンモランシーの式ぐらいだと思うけど……」 「……いや、ね。ずっと前から考えてた事なんだけど……」 珍しく自信無さそうな口ぶりでルイズは話し始めた。 「ほら、使い魔召喚のゲートってあるじゃない。あれってさ、向こうから来るのはいいとして、 ゲートって言うぐらいだし、こっちからは行けないのかしら?」 通常使い魔召喚の儀式で発生するゲートは、ハルケギニアの獣が呼び出される事から、 ハルケギニアの何処かしらに繋がっていると考えられている。 燦を故郷に帰した時、使い魔である燦と何かが切れた感覚があったとルイズは言っていた。 使い魔の契約が途切れるのは使い魔が死亡した時のみであるが、 存在を感知出来ぬ場所に行った故、死亡したと認識されたのだろう。 以後新たな使い魔を召喚しなかったルイズは、これを移動手段として使えないかと言っているのだが、 そんな利便性の高い魔法であるのなら、今まで誰も確認していないというのはおかしい話である。 案の定タバサは幾つかの事例を聞き知っていた。 「召喚が目的であるし、ゲートにはこちら側に引き寄せる力が働いている」 ルイズも調べてあったのだろう、すぐに反論する。 「だからさ、その引き寄せる力以上の勢いでゲートに突っ込めば、向こうまで突き抜けられるんじゃないかなって」 むむぅと頭を捻るタバサだが、すぐに首を横に振る。 「でもダメ。ゲートの先がどうなってるかわからないし、使い魔は大抵危険な場所に生息している。 火山の中や空の上に繋がっててもおかしくはない」 「うん、でも召喚する相手が人間だったならどう? それなら周辺の安全はほぼ確保されてると思わない?」 キュルケはルイズが考えていた事をようやく察する。 「……つまり、実験してみようって事よね。サンに繋がるかどうかもわからないけど、 死ぬしかない今なら、うまくいけば儲けものって事でしょ」 にまーっと笑うルイズ。 タバサはやはり苦々しそうな顔のままだ。 「戻ってくる手段は存在しないかもしれない」 「死ぬよかマシよ。それに、どうせ賭けるなら夢のある未来に賭けたいじゃない」 森の奥の方で微かに動く気配がした。 タバサは即座にプランを立てる。 「ルイズはゲートの維持、私が風で三人を覆う。キュルケは魔法で私達を吹っ飛ばして」 「了解!」 「そうこなくっちゃ!」 ルイズが懐かしき召喚魔法を唱え、タバサが風の守りを用意し、キュルケはありったけの魔力を込め、炎の魔法を放った。 満潮家は何時もの喧騒に包まれていた。 今日は何故か都合が合い、瀬戸組の面々がぞろぞろと満潮家に揃ってしまったのだ。 燦の父豪三郎は、娘を奪った憎き男、満潮永澄に憎憎しげな視線を送るが、燦の手前なので一応我慢はしている。 永澄の父、母、そして許婚としてこの家にやっかいになっている燦、 その付き人であり小人のように小さい蒔が共にこの家に住んでいる。 更に今日は瀬戸組の瀬戸豪三郎、妻の蓮、若頭の政が一緒に来ている。 豪三郎は酒をかっくらいながら吼える。 「大体、三年前に政がこのボーフラ助けんかったら良かったんじゃ! 何でその時きっちりトドメ刺しとかんかったんじゃ!」 「……燦ちゃんのお父さん、当人前にそーいう事言うのはどうかと思うんだ……」 「すいやせんおやっさん。 しかしまさかその三年後にまた永澄さんが同じ場所で溺れるなんて思いもしなかったもんで……」 馬鹿丁寧に謝る政に、酒の勢いか普段の鬱憤か、豪三郎は更に八つ当たりする。 「そもそも燦に結婚はまだ早い! というか後一年でこんボーフラぁ結婚出来るようになってしまうやないか! 早よぶち殺しとかんと取り返しのつかん事になってまうで!」 「……一年後て、僕まだ高校生なんですが……」 「もう、お父ちゃんお酒はそのぐらいにしてっ! 永澄さん困ってる!」 最近は永澄の両親も慣れたもので、豪三郎の罵声にもにこにこと笑っているだけである。 「……二人共両親の責任きちっと果たそうよ……」 さっきから延々永澄がつっこんでいるのだが、誰もがガンスルーである。 全てから逃げたくなって永澄は天井を見上げる。 何故か、そこに真っ黒い楕円があった。 「うっひゃー!」 「ぎゃーー!」 「っ!」 三様の悲鳴と共に、天から女の子達が降って来た。 一同が静まり返る中、痛たたと顔を上げたルイズは、すぐそこに、懐かしいあの顔を見つけた。 「久しぶりねサン、元気だった」 三人の物語は、まだまだ終わってはいないようだ。 ゼロの花嫁 完 前ページゼロの花嫁
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前ページ次ページ伝説を呼ぶ使い魔 ズズズと砂糖を多く入れたミルクティーをすする音がルイズの部屋に響き渡る。 「うーん、今日もお茶がおいしいですねぇ。フォフォフォ。」 「ジジくさいわね…。っていうかそれ私が自分で飲むために作ってたお茶じゃない!! もう茶葉ないし砂糖こんなに使って!あーもうこのバカ使い魔!!」 カンカンになったルイズに怒られているこの小さな少年の名は、『野原しんのすけ』5歳。 彼はつい先ほどこのルイズに召喚されてしまっていたのだった。 「で?アンタはそのカスカベっていう町から来たわけ?」 「そうそう。」 「カスカベなんて聞いたこと無いわよ。どんだけ田舎から来てるのよアンタ。」 「うーん。オラもハルマキヤなんてとこ聞いたことないゾ。カスカベにはお月様も 一つしかないよ。二つもあるなんてまるでタマタマみたいだぞ。」 「なっ!アンタ図々しくてワケわからない上に、なんて下品なの!! あとハルマキヤじゃなくてハルケギニア!!」 ルイズは顔を真っ赤して叫ぶ。だがしんのすけはそんなことおかまいなしに 周りを見回す。 「ところで、オラそろそろ帰らないと母ちゃんに怒られるから帰っていいかな?」 「ダメよ。アンタの故郷がどんなのか知らないけど、少なくともカスカベなんて町はこの近くには無いから。 きっとうんと遠いところから来てしまっているんでしょうしね。送り返す呪文もないし、 何より使い魔になった以上もうアンタを返すわけにはいかないわ。」 「ええ!?今夜は返さないですって!?」 「いちいちそういう方向に受け取るな!!」 軽いジョークだゾ。と言ってルイズのツッコミを流しながらルイズの部屋にあった地図を見る。 その地図にはよくお姉さん目当てで見る天気予報に出てる日本列島はなく、ルイズは大陸のトリステイン王国を 現在地として指差していた。 (さっきみんなが魔法でお空を飛んでいたけど、もしかしてオラごほんの世界に来ちゃったのかな…。) つまり異世界に。そしてルイズは送り返す魔法はないと言っている。 しんのすけは手を横にやって言う。 「フゥ。やれやれ、また帰れなくなっちゃったゾ。」 ルイズが思い出したように言う。 「とにかく私の使い魔になったんだからそれなりには役に立ってもらうわよ。 まずはアンタの名前を聞いておかなくっちゃね。」 「おお、オラは野原しんのすけ。5歳!好きなふりかけはアクション仮面ふりかけのり玉味!! どうぞよろしくだゾ。」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。」 「おおおお…。長すぎて覚えきれないぞ。そんな名前で自己紹介のとき疲れないの? えっと、ルイズちゃんでいい?」 「口の利き方には気をつけなさいよ。ご主人さまと呼びなさい!!」 しかししんのすけはご存知の通りマイペースな幼稚園児である。 まるで気にしないように話を続けるのがこの野原しんのすけという少年なのだ。 「ルイズちゃん、使い魔ってなにする人?」 「アンタ人の話を聞かないわね!!使い魔とはメイジ(魔法使い)と一心同体の頼れるパートナーよ。 アンタは運がいいわ。このヴァリエール家の三女である私の使い魔に選んでもらったんだから。」 「ええ~。オラそれならもうちょっと大人なお姉さんに呼ばれたかったゾ。ルイズちゃんまだ女子高生じゃない みたいだしおムネなんかオラの母ちゃんより無いゾ。」 そのときしんのすけはルイズの一番気にしていたコンプレックスを突いてしまった。 「な、な、な、な、なんですってぇ~~~!!!!」 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり!!!!! ルイズの回転する拳がしんのすけの頭をえぐるように攻める。 「お、おお、母ちゃんくらいうまいゾ…。」 「ハァ、ハァ、ゼェ、ゼェ…。」 「でもオラやっぱりもっと大人の綺麗なお姉さんに呼ばれたかったゾ。おムネも大きいのがいいな。」 ルイズはそう聞いて頭にまた血が上ると同時に隣の部屋を見る。自分より大人で胸の大きいメイジに心当たり があり、またその人物はすぐとなりの部屋にいるのだ。 (いけないいけない。ツェルプストーの行動には気をつけなくっちゃ…。) ルイズは仕切りなおすように使い魔の話題に戻した。 「まずは使い魔は主人の目となり耳となる能力が与えられるの。」 「目となり耳となる…?」 しんのすけの脳内には今自分が耳や眼球となってルイズにセットされるところを想像していた。 「お・おお・・おおおおお・・・・・。」 「でもあんたには無理みたいね、私何にも見えないもん!…どうしたの?何震えてるの?」 「え?あ、なんだそっちか。」 しんのすけはほっと胸をなぜおろし、話を続ける。 「で、他は?」 「そうね、他に、使い魔は主人の望む物を持ってくるのよ。たとえば秘薬とか。」 「ほい!!」 しんのすけが何かをルイズに渡した。それは何かのお守りのようだ。 しかしルイズには日本の文字が読めないのでしんのすけに聞いてみる。 「えっと、何コレ?」 「父ちゃんがひまを生む前に母ちゃんに買ってあげた『安産祈願』のお守りだゾ! おなかの赤ちゃんがすこやかに育つようにってね。」 「そっかー。私のおなかの子もこのお守りにこめられた願いが届いて元気に生まれてきますようにって 私は身ごもってないしそもそも『利益(りやく)』じゃなくて『秘薬(ひやく)』!!」 「ほうほう、そうとも言うー。」 マイペースなしんのすけに翻弄されっぱなしのルイズはがっくり来ていた。 ――なんでこんなのが私の使い魔なのよ。 「そして、これが一番なんだけど・・、使い魔は主人を守る存在であるのよ。 その力で主人を敵から守る、でもあんたじゃ無理っぽそうね」 そう聞いた瞬間しんのすけがピクリと態度を変えて言った。 「それってオラがルイズちゃんを守るってこと?」 「そうだけど。」 「おお!よーし!オラ、ルイズちゃんをお守りするぞ!!」 急にしんのすけがはりきりはじめたので、ルイズも驚く。 「ちょっと!どうしたのよ急に張り切ったりして!」 「正義の味方はカワイイ女の子をお守りするもんだと父ちゃんは言ってたぞ! オラいつかアクション仮面のようなスーパーヒーローになりたいんだぞ!ワッハッハッハッハッハ!!!!」 そんな無邪気なしんのすけを見ていて、さっきまで変な使い魔を呼んでガックリ来ていたルイズの心は いつしか安らいでいたのに気がついて照れ隠しするように言った。 「とっ、とにかくあんたにはできそうなことやってもらうから。洗濯、掃除、その他雑用ね。」 「えー。オラめんどくさーい。」 「やりなさい。絶対よ。」 寝る時間になり、ルイズが服を脱いで下着姿になる。ここで某平賀才人及び他作品の主人公の 方々ならこの時点でうろたえるものだが5歳児のしんのすけは特に動揺していない。 ――まあ、ルイズの体系が子供っぽいのが根本の原因なんだが。 今一瞬こちらをルイズが冷たい目で睨んだような気がするが気にしない。脱いだキャミソールとパンティ をしんのすけに投げつけた。 「おお、すけすけおパンツ!!それも母ちゃんのより派手だゾ!」 「それ、明日に洗濯してね。」 そう言うとしんのすけは面倒くさがって言う。 「えー。オラお洗濯なんかやった事ないゾ。」 大きなネグリジェを頭から被ろうとしているルイズがツリ目ぎみの目をさらに吊り上げて言う。 「あんたね!これからは私がアンタを養うんだからそれくらいの礼儀は持ち合わせたらどうなの!?」 「ほーい…。」 ルイズがネグリジェを着終わってふと思い出したようにしんのすけに振り返って言う。 「あ、そうそう。あと明日私より早く起きて私を起こしてね…。」 「プップスー!プップスー!私の名前はケツ顔マンだ!プップスー!」 描いておいてなんだがこのイベントがある以上絶対やると思ってた。 しんのすけはルイズのパンティを目までかぶって頬をふくらませているのだ。 ルイズがこめかみをピクピクさせて言う。 「シンノスケ…。ア・ン・タ私の下着で何やってるのかしら…?」 「わたしはしんのすけではない!ケツ顔マンだ!! 気をつけたまえ胸なしガリガリマン!!プップスー!!」 「なんですってぇ!!このエロ犬~~~~!!」 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり!!!!!!!!!!!! 回数を重ねるごとにルイズのぐりぐりはうまくなっていくのだった。 「もう寝る!!おやすみ!!」 「おやすみなさい……。」 しんのすけも疲れたのかそのまま眠ってしまった。 朝日が差し、ルイズの顔を照らす。しんのすけの使い魔ライフの2日目が始まる。 「んん…。いいお天気じゃない。」 さて、少し思い出していただきたいことがある。某平賀才人及び他作品の主人公の 方々なら寝る前に寝床の場所を聞き、『アンタは床。』とルイズが返すシーンがあったはずだ。 しかし、ルイズはそれを今回言わなかったが、それならしんのすけはどこで寝ていたのか。 「あーあ。今日もがんばらなくちゃ…あ?」 目の前に何かがあるのに気がついた。 ぼうず頭に太い眉毛、餅のようにやわらかい頬に今まさに自分に『う~~。』と キスされてしまいそうな唇…唇!? 「んぅ~~~~~~~~~~~~。」 目の前には今まさにルイズに口付けしそうなしんのすけの顔があった! 「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」 その朝はルイズの鉄拳制裁から幕を開けた。 じゃ そういうことでー。 前ページ次ページ伝説を呼ぶ使い魔
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前ページ次ページゼロの魔獣 グリフォンの背に揺られながら、ルイズは物思いに耽っていた。 傍らでグリフォンを操っているのは、トリステイン魔法衛士隊隊長・ワルド アンリエッタが遣わした、今回の任務の助っ人。 そして、ルイズの幼き日のかりそめの許婚者。『憧れの子爵様』 「随分浮かない顔だね? やはり 使い魔の事を気にしているのかい?」 「―ッ! そんな事は! ない・・・です・・・」 だが― 昨夜の事はやり過ぎだった、ともあらためて思う。 慎一が死ぬ時、彼の中の真理阿も死ぬ・・・自分自身が、かつて彼にいった言葉だ。 王女の友誼にのぼせ上がっていたあの時の自分は、そこまで考えて行動していただろうか? さらに言えば、慎一の居ない今の自分に、どれ程の事が出来ると言うのか? 内と外に被保護者を抱えた慎一は、珍しく慎重な判断を下していたのではないか? 無論、王女に対するぶっきらぼうな物言いと、高圧的な態度は許せないが、 彼なりの忠告を見過ごし、使い魔に多大な負担を強いる主には、それを咎める資格は無いだろう。 無事にアルビオンから戻ったならば、ちゃんと謝ろう。 そんな珍しくも殊勝なルイズの思考は、5分後に吹っ飛んだ。 眼前に、返り血にまみれた彼女の使い魔が見えて来たからである。 「女王陛下の魔法衛士隊・グリフォン隊隊長 ワルド子爵だ 今回の旅に同行する よろしく頼むよ 使い魔君」 「ああ」 あの時の狼か・・・などと考えながら、慎一はぶっきらぼうに答えた。 「それにしても・・・」 ワルドが辺りを見回す。 遺体の埋葬こそ済ませたものの、辺りは死臭が立ち込め、大地が赤く染まっている。 「いくら賊相手とは言え、こちらは女性連れなんだ もっと他に・・・やりようというものは無かったのかい?」 「そんな生ぬるい相手じゃ無かったぜ」 「・・・・・・・・・」 「初日からいきなりこのザマだ 王女の近辺にスパイでもいるんじゃ無ぇのか・・・? 衛士隊長さんよ」 「そんなワケないでしょッ!! このバカ犬ッ!!」 2人の会話に、ルイズが割って入る。 状況だけ見るなら、ここは怒る場面ではない。 彼女の使い魔は、自分勝手な主を見捨てずに付いてきてくれたばかりか、 先行して障害を取り除いてくれたのだ。 ギーシュから事の仔細も聞いている。 惨劇の責任が慎一には無いのも理解した。 それでも、全身を赤く染め上げ、許婚者に悪態を突く慎一を見ていると 彼は、ただ暴れ回りたいだけの戦闘狂ではないかと思えてくるのだ。 主を省みない傍若無人ぶりに、ルイズは反駁せずにはいられない。 「・・・大体 なんでアンタがここに居るのよ 今回はアンタの力は借りないって言ったでしょ」 「―気が変わったのさ こっちはこっちで アルビオンに行かなきゃならねえ用事ができちまった」 ―最悪の返答であった。 ルイズの怒りの炎に、再び油が注がれた。 「―――ッ!! いいわよ! アンタはそうやって好き勝手に暴れてりゃいいのよッ!! 行きましょう! ワルド!!」 ルイズがずんずんとグリフォンへと乗り込む。 慌ててルイズを追いかけるワルドだが、ちらりと慎一を見る。 人を値踏みするような、気に入らない眼だ。ブン殴ってやろうか。 「さ 私たちも行きましょ ダーリン」 理不尽な事を考えている慎一に、キュルケが促す。言われるがままにシルフィードに乗り込む。 何故かワルドの前では、魔獣の翼を見せる気にはならなかった。 「忘れ物」 言いながら、タバサが慎一にそれを手渡す。 「・・・あ」 慎一の両手の上で、デルフリンガーが泣いていた・・・。 ―ラ・ロシェール 『女神の杵』亭の一室では、インテリジェンスソードの愚痴が続いていた。 永遠に続くかのようなその話を聞き流しながら、慎一は考え事をしていた。 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド― 『閃光』の二つ名を持つルイズの許婚者を、慎一は既に『敵』と決め付けていた。 根拠は無い。全ては野生の勘であり、慎一の危機を幾度と無く救ってきた感情である。 (目だ・・・) 慎一は思う。アレは、目的のためなら平然と他人を踏み台にする人間の目だ。 ああいう目をするヤツは、一刻も早くこの世から抹殺せねばならない・・・。 それは、明らかな言いがかりであり、暴言であり、被害妄想の類であろう。 しかし、慎一を見るワルドの冷めた瞳は、彼のよく知る人物達のそれを髣髴とさせた。 「-なあ デル公 ひとつ頼まれちゃあくれねえか?」 「ああ!? ふざけるな! どの口がいうか!! 置いてけぼりを食らわしやがったクセによー!!」 「・・・少しの間 ルイズの側にいてやってくれ」 「―ッ!! なんだよシンイチ らしくねえな! お前さんもライバルの登場で・・・」 ひやかしかけて気付く。この男は、こんな風に誰かを頼りにする男だったろうか? 慎一の異様な静かさが、事態の深刻さを雄弁に語っていた。 「―わかったよ・・・ 相棒が見つかるまでっていう 真理阿との約束だったしな」 「頼む」 「・・・だがよう シンイチ 俺は足が無いんだ 置いてけぼりにされちゃアウトだぜ」 「この任務が終わったら 僕と結婚しよう ルイズ」 ―隣の部屋では、件のワルドが決定的な一言を放っていた。 「ワルド・・・ でも わたし・・・」 真っ白になったルイズの頭の中で、様々な思考が浮かんでは消える。 元々ワルドは憧れの男性だ。許婚者なんて親同士の戯言と諦めてもいた。 実際、この告白は不本意なものでは無い。 ―だが、あまりにも話が性急過ぎる。 ここで結婚を承諾したら、その後の生活はどうなってしまうのだろう? 魔法学院には今までどうり通えるのだろうか? そして―。 「やはり 使い魔の彼が気になるかい?」 「―そんな事は! そんな事は無いわッ!!」 そう。確かにそんな事は無い。 慎一と自分が恋に落ちることなど、宇宙が一巡してもあり得ないだろう・・・。 だが・・・。 ルイズには直感的に分かる。 慎一とワルドは、恐らくは『合わない』 ルイズがワルドを選べば、慎一はにべも無く、ルイズの元を離れるだろう。 「ルイズ・・・君の使い魔は『異邦人』だ いずれは君の許を去る」 「―! それは・・・!?」 「分かるさ・・・ 彼は どう見てもこの世界の住人じゃない 戦いに倦んでこの大陸に来て いずれは戦いを求めてこの大陸を去る ・・・違うかい?」 確かにワルドの言う通りであろう。 慎一の中に宿る激情の炎を消し去る事のできる人間など、存在するはずが無い。 遅かれ早かれ慎一はこの世界を去り、未来永劫続く戦いの世界に身を投じるであろう。 (そして・・・ 真理阿も) 誠実な使い魔であり、かけがえの無い友であり、優しい母親であった真理阿。 この世界での生活が、慎一にとって一時の休息というならば できうる限り、その安息の日々を伸ばしてやることのみが 彼女の友誼に応える手段なのではあるまいか? 「ワルド・・・ わたし」 「・・・どうやら少し 急ぎすぎていたようだね 今 返事をくれとは言わないよ でも この旅が終わったら 君の気持ちは 僕に傾くハズさ・・・」 ―翌朝 慎一の部屋のドアを叩く音がする。 ドアの外にいる人物が何者なのか、慎一には、既に検討がついている。 「おはよう 使い魔くん」 「おはよう 色男 出航は明日だ 寝かせといてくれるか?」 「君にルイズを守るだけの力があるのか 使い魔としての力量が知りたい お疲れのところすまないが ひとつ手合わせ願えないかね」 「お疲れなのですまないね じゃれ合いはゴメンだ」 ワルドは周囲の様子を確認すると、慎一が大嫌いな目をして言った。 「・・・ハッキリ言おう 僕は君のことが気に入らない 君は少しばかり力があるのを良い事に 使い魔の領分を超えた行動をとってルイズを苦しめている アルビオンに向かう前に その思い上がりだけは叩いておかねばと思ったのさ」 「へえ・・・」 慎一は、ワルドは結構いいヤツなんじゃないかと思い始めていた。 ルイズを憚って言えなかった事を、まさか彼の方から口にしてくれるとは・・・。 「今日はえらく気が合うじゃねえか 叩くのは思い上がりだけじゃ済まさねえぜ コッチはよぉ・・・」 ハルケギニアに来て以来一番の、実に爽やかな笑顔で慎一が言った。 前ページ次ページゼロの魔獣